SHIPS MAG読者のみなさん、こんにちは。
『スペクテイター』編集部の青野です。
最新号「わび・さび」特集、もうご覧いただけましたか?
「わび・さび」が「日本に古くから伝わる美に関する特殊な概念」であることは、みなさんもご存知の通り。
ところが、その意味を外国の友達などから聞かれたら思わず答えに詰まってしまう人も少なくないのではないでしょうか。
そこで、最新号では国際化が進む現在だから知っておきたい日本の文化「わび・さび」の起源やその意味を紐解いてみることにしました。
本誌をすでに読んでくださった方も、まだの方も、この記事をきっかけに「わび・さび」の奥深さを感じてくれたら嬉しいです。
スペクテイター 43号 表紙
○おかげさまで大変ご好評をいただいています。
◉とりわけファッションやデザイン関係の方々が興味を持ってくれているようですね。
○「わび・さび」という言葉は聞いたことがあるけど、詳しい意味を聞かれると……という人もいるのでは。
◉正しい意味や語源を知らずに使っている言葉って案外ありますよね。
○「わび・さび」も、そのような言葉のひとつかもしれません。そこで最新号で「わび・さび」の歴史や文化を掘り下げてみたわけですが。そもそも、なぜ編集部は「わび・さび」に注目したのか。まずは、そのへんの話から始めましょうか。
◉前号「新しい食堂」、前々号「つげ義春」とシブい特集が続いたわけだけど、その編集過程で読み漁った本のなかにレナード・コレンさんが書いた『Wabi - Sabi』(=『Wabi - Sabi わびさびを読み解く』)(Stone Bridge Press/日本語版はビー・エヌ・エヌ新社)という本があったんですよね。
『Wabi - Sabi わびさびを読み解く』レナード・コレン著(ビー・エヌ・エヌ新社)
○コレンさんは、サンフランシスコ郊外に暮らしながら編集執筆活動を続けている作家兼編集者。
◉「お風呂文化」をテーマにした『WET』という不思議な雑誌の発行人を、1976年から81年までつとめていました。
○そのコレンさんが94年に出版した『Wabi - Sabi』は、「アーティスト、デザイナー、詩人、哲学者のための」という副題が付けられた、わび・さび入門書のような本ですね。
◉2014年に日本語訳が出たことを、最近知って、110ページほどの薄いつくりの本ですが、取り寄せて読んでみたら面白かった。
○それが今回の特集へとつながったんですよね。
小誌のインタビュー取材に応じるレナード・コレン氏
◉この数年、何度かアメリカ西海岸を訪れたとき、枯れ葉の写真が使われた茶色い表紙の本(英語版)がセレクト系のブティックやアウトドア雑貨などを取り扱う店に平積みになっているのをよく見かけて、何となく気になっていたんです。
○僕も昨年サンフランシスコのジェネラルストアという古着や生活雑貨を扱うセレクトショップに立ち寄ったとき、この本が目立つ場所に陳列されているのを見かけました。
◉ジェネラルストアの左隣にも似た雰囲気のショップがあるんだけど、亀の子たわしとかホーローびきの鍋とかふきんとか日本の日常雑貨なんかも置いている、荒物屋を兼ねたセレクトブックストアなんですよね。入り口に巨大な流木のベンチが置かれていて、右隣にはサードウェーヴのコーヒー屋さん。
○その店にもコレンさんの『Wabi – Sabi』が目立つ場所に置かれていましたね。
◉カリフォルニアのヒップな人たちが日本趣味というか、そういうものを面白がって読んでいるのかなという感じでした。
○アメリカの人たちが「わび・さび」という言葉をどれほど日常的に使っているかわからないけど、コレンさんの本が出たのは20年以上も前だから、何年も前から着目していた人も少なくはないのでしょう。ちょっと調べたら、アメリカだけではなくイギリスや北欧でも「わび・さび」に関する本が出版されていることがわかった。それで僕たちも独自に掘り下げてみようということになったのでしたね。
◉「わび・さび」が世界で注目を集めるようになったきっかけのひとつにジャック・ドーシーの発言があると思うんです。ジャック・ドーシーはTwitter社の元CEOで、現在はSquare社という電子決済システムを開発した会社の代表をつとめているIT界の重要人物のひとり。その彼が新聞や雑誌で「わび・さび」を話題にしたことで、特にIT系の人たちが反応したようです。
43号「わび・さび紳士録」 イラスト/東陽片岡
○なるほど。
◉ドーシーは『フィナンシャル・タイムズ』という経済紙の2011年のインタビューでも「わび・さび」をクールだと言い、それでちょっとしたブームになった。彼はコレンさんの本を大学時代に図書館で偶然読んだらしいのだけど、以来「人生で最も影響を受けた愛読書」と公言し、Twitter社の新人社員にもこの本を手渡していたらしいんですよ。
○彼が「わび・さび」の復権に果たした功績は大きいですね。
◉今日は「わび・さび」に関する本を何冊か持ってきたんだけど。
○この2、3年のあいだに出た本も多いですよね。
海外で出版されている「わび・さび」の本
(左上から時計回りに)
『WABI SABI JAPANESE WISDOM FOR A PERFECTLY IMPERFECT LIFE』BETH KEMPTON(Piatkus)
図やグラフを使って「わび・さび」の構造をわかりやすく説いたイギリス人作家による概説書。2018年刊
『wabi sabi the japanese art of impermanence』(TUTTLE)
禅、茶道など日本の文化や歴史にも触れながら「わび・さび」を掘り下げた考察本。2003年刊
『Wabi - Sabi for Artists, Designers, Pets & Philosophers』Leonard Koren(Imperfect Publishing)
本誌が「わび・さび」特集を組むキッカケとなったレナード・コレンさんの著書(英語版)。1994年刊
『WABI - SABI WELCOME』JULIE POINTER ADAMS(ARTISAN)
『KINFOLK』の元スタッフが編集。世界各地の「わび・さび」的ライフスタイルを紹介したビジュアル本。2017年刊
◉この本、『WABI - SABI WELCOME』JULIE POINTER ADAMS(ARTISAN)もジェネラルストアで購入したんですけど、ライフスタイル誌として人気の『KINFOLK』の元スタッフの女性編集者が編集しています。 『KINFOLK』の編集長ネイサン・ウィリアムズも実は同誌の創刊号で「わび・さび」に言及しているんですよ。日本が好きらしくて、「このユニークな国の魅力、基本的価値観(“もののあわれ” や“一期一会”、“わび・さび”等)、技術、そしてレシピ。このような要素が、美しくシンプルなライフスタイルを作り出すのです。」【日本版創刊号・内容紹介文より】と書いている。
『KINFOLK』は、その後も「The Aged Issue」(日本版/3号/2013年)、「The Imperfect Issue」(日本版/6号/2014年)など、「わび・さび」と縁の深そうな特集を組んでいますね。歳をとることや白髪になるのは自然な現象だから、隠すのではなくむしろ堂々と誇るべきだと。家具などの評価に対してもRUSTY(ラスティー)と言って、表面が傷ついているぐらいのほうが格好いいと主張する。
○西洋の人たちが「わび・さび」を英訳するときに使う「IMPERFECT=インパーフェクト」という単語がありますね。辞書を引くと「不完全、未完了、欠点のある」と訳されている。永遠にあり続けるものではなく、移ろいゆくものというニュアンスでしょうか。あるいはピカピカの新品や完璧にデザインされたものばかりではなくて、ちょっと駄目なぐらいで良いじゃないかと。パーフェクトではない「わび・さび」を肯定的に捉えている気がします。万物はいずれ朽ちゆくもので、この世には完全なものなど無いと。
◉インパーフェクトのインっていうのはIMと書くのだけど、言葉の前に付くことで否定の意味を表すラテン語起源の接頭語らしいですよ。IMPOSSIBLE(インポッシブル/不可能)とかも同じですね。そういえば、コレンさんは自分の出版社をインパーフェクト出版と名付けているんですよね。
○アメリカでは、小さな家に住み始めたり、郊外に引っ越して農的暮らしを始めたり、ライフスタイルを大きくシフトさせている人が多いと聞きます。やや飛躍した考え方かもしれないけど、アメリカ人はこれまで何でもナンバーワン、パーフェクトを目指せと言われ続けてきた。でも、その考え方にもほころびが出てきたり、なんでもナンバーワン病やガンバリ主義はさすがに無理があったりで持続可能性が低い。そんなところからダウンシフト、すなわち「不完全でも良し」とされる風潮が高まってきた。「わび・さび」が注目されるようになったのはパーフェクト志向への反動のような気もしますね。米国人の間で、そのきっかけとして語られるエピソードに、よくリーマンショックが出てきます。これまで完全だと思われていた金融資本主義が実は不完全だったということを肌身で体験した。「わび・さび」は、そんな新たな時代のパラダイムにフィットする言葉のような印象もあります。
◉つながっているんじゃないですかね、どこかで。アメリカ人は金融のこととか人種や宗教のこととか、日々考えなくてはいけないこと、疲れることを大量に抱えながら生きているようで、『ポジティブ病の国、アメリカ』(河出書房新社)というアメリカ人女性著者による本も出ていますが、そんな彼らがわび・さびというコンセプトのなかに、ちょっと違う光を見つけたのかも。
漫画「懺悔の宿」 作・画/つげ忠男
○ところで「わび・さび」号を編集してみて、どうでしたか?
◉面白かった。ちょっと視野が広がる体験を編集しながら学べたというか。
○「わび・さび」を知る前と後では世界が違って見えた?
◉急に「わび・さび」世界がドーンと3Dのように見え始めたということは無いけど、これまで使っていなかった筋肉が使われて、それを意識すると楽しいというのはありましたよね。平面に描かれた二枚の絵を右目と左目の焦点をズラして見ることで立体視ができるステレオグラムというのがあるでしょう。ちょっとあれなんかに似ていて、コツを覚えると再生できるようになる感覚というのか。「わび・さび」には、そういうところがあるかなという気がしました。
○意識するだけで世界が変わる、マジックワードという感じでしょうかね。
◉あと、興味をひかれたのが、「わび・さび」はよく「貧乏人のための美学」であるという意味のことが言われるけれど、実はそうではなくて、ちょっと説明がややこしくなるんですが、貴族の美意識であるということがわかった。ストレートで艶やかな美しい王朝貴族生活を送っていた人たちが、「わび・さび」とか「幽玄」といった、どちらかというとネガティヴな美をカッコいいと言いはじめたのが最初らしいんですね。だからアイロニカルというか屈折した構造がある。ですから、「わび・さび」というのは、そもそも生活に余裕がないと出てこない発想であり美学だと思うんですよ。
○「応仁の乱」で没落した元貴族が枯れ葉や満月にかかった雲に自分の境遇を重ね合わせてシミジミする。それがわび・さびのルーツだとしたら、貧乏人の発想じゃないですよね。
43号「まんが わび・さびの歴史」 漫画/関根美有
◉そういえば「サウダージ」という言葉がありますね。ポルトガルやスペインの言葉で、郷愁や憧憬、切なさなどを意味するらしいけど、どこか「わび・さび」と似ていると思いませんか。
○「サウダージ」も、やや掴みどころのない言葉ですね。曖昧かつ揺らいだ心の状態みたいな。アジアの他の国にも同じような感覚がある気がする。
◉あるんじゃないですか。ちょっと話題が飛びますが、たとえばガレージ・パンクという現象は『ペブルス』とか『ナジェッツ』とかのアメリカ産のレコードで、いやという位いろんなバンドを知らされてきたから米国発祥のものかと思っていたらそんなことはなくて、フィリピンでもタイでもイタリアでも、さらに日本にも存在した世界同時多発的な現象だったことがわかってきましたよね。1960年代中頃から、世界中の若者がガレージやら公民館やらで、バンド編成でロックを演奏していた。
43号「レナード・コレン インタビュー」
○「わび・さび」的な感覚が世界各地にあってもおかしくはないと。
◉国によって言い方は違うんでしょうけど。minä perhonenというブランドのオーナーでデザイナーの皆川明氏が自著の中で語っておられた発言にも、「わび・さび」精神のようなものを感じましたね。皆川さんは自分で作る洋服のファブリックの模様について、手書きで一つ一つ違うように書くほうが自然で良いんじゃないかと言って実行されているそうです。
○パソコンでデザインして版で押したように同じ模様が作られる工業製品みたいなものじゃなくて。
◉そういうものを否定している。皆川さんはブランド立ち上げ以前の時代に魚市場でバイトされていたそうですが、そのときアサリの殻に一点として同じ模様がなかったことに気づいて惚れ惚れして、それをこっそり家に持ち帰ったりしたそうで。貝殻とかの自然の造形物からイメージをかき立てられることが多いそうですね。
○有機的なものへの眼差しは、「わび・さび」を愛でる感覚にも通じるところがありますね。「わび・さび」は簡単なようで奥が深い。本誌で「わび・さび」の基本を学んで、4文字の言葉の奥にある深みを、特殊なメガネをかけて見つけてみてください、という感じかな。
◉「わび・さび」って、いざ探そうとすると案外見つからないものですね。たとえば、「わび・さび」的な写真を探そうとしてもなかなか見つからなくて、編集作業を終えて、とりあえず手を離れた頃にぴったりくる写真が見つかったりしましたよ。ぼんやりコーヒーを飲んでる時とか、仕事に追い立てられたりしていないとき、心に余裕のある時、ふとこちらに飛び込んでくるものだと思いました。
○見ようとすると見えない。ミステリアスで面白いですね。そんな「わび・さび」に、みなさんも、ぜひ注目してみてください!
発売/2019年2月4日
特集:わび・さび
◆イントロダクション わび・さびとは何か?
◆まんが わび・さびの歴史 漫画/関根美有
◆わび・さび紳士録 イラスト/東陽片岡
◆千利休伝説 イラスト/ひさうちみちお
◆インタビュー わび・さび探し旅
◇「サンフランシスコ郊外に“わび・さび”を探して」 レナード・コレン
◇「人工」と「自然」の波打ち際にあるもの 原 研哉
◆聖林公司のわび・さび 撮影/中矢昌行
◆ブックガイド 文/桜井通開
◆漫画「懺悔の宿」
作・画/つげ忠男
◆追悼 カウンターカルチャーの先行者、細川廣次氏をいたむ
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スペクテイター43 号
表紙撮影/中矢昌行
1967年生まれ。エディトリアル・デパートメント代表。大学卒業後2年間の会社勤務を経て、学生時代から制作に関わっていたカルチャー・マガジン『Bar-f-Out!』の専属スタッフ。1999年、『スペクテイター』を創刊。2000年、新会社を設立、同誌の編集・発行人となる。2011年から活動の拠点を長野市へ移し、出版編集活動を継続中。