SHIPS MAG 読者のみなさん、こんにちは。
『スペクテイター』編集部の青野です。
最新号「ヒッピーの教科書」。
もう、お手にとっていただけましたか。
ヒッピーの誕生から彼らが社会に与えた影響までを過去の文献を紐解きながらマンガでわかりやすく伝えた、ヒッピーカルチャーの参考書。
今回は本誌のなかでも触れているヒッピー文化の産物「アンダーグラウンド・ペーパー」に関するコラムをお届けしたいと思います。
この記事を読んでヒッピーの歴史に興味を持たれた方は、オレンジ色にピースマークが目印の本誌を書店で探してみてください!
ヒッピーのリアルな暮らしがわかる
「アンダーグラウンド・ペーパー」に関する考察
文/赤田祐一
〈古書 赤いドリル〉という名前の古本屋さんがあるのをご存知でしょうか。
この古書専門店は、一種、特異な商品を取り扱うことで、本好きに知られています。
〈赤いドリル〉店主が蒐めている本は「新左翼運動」と呼ばれているジャンルですが、ざっくり言えば「革命専門の古本屋さん」といったところ。どちらかというと左翼的な人物やテーマをひいきにすることが多いようですが、”左”や”右”にこだわらず、革命運動全般に関する貴重な本や資料を集めてきて、値付けをし、販売しているという印象です。
どんな本を扱っているかというと、平岡正明、竹中労、赤瀬川原平など、昭和時代のクセの強い文筆家諸氏の遺した多くの著作、労働運動の裁判資料集、学園紛争で撒かれた”アジ・ビラ”などが〈赤いドリル〉の主たる商品を形成している──といえば、店のおおよそのイメージがわかるかもしれません。
(*現在、同店は店舗を持たずに「古書目録」で通販を手がけつつ、都内の「古書展」でイベント出店をされています。)
今年の春の話ですが、東京の五反田で定例的に開催されている古書即売会に足を運ぶと〈赤いドリル〉が参加・出店していて、販売用に設けられたスペースに、段ボールが無造作に床置きされていました。 その箱を覗くと、海外の古新聞がかなりの数、一部ずつ、ビニールに封入されていて、一冊三百円から五百円ほどで値付けがされている。
紙名をあげると── 『スタッフ』『DC ガゼット』『クイックシルバー・タイムス』『グレープ』『エース』『デイリー・プラネット』『ウッドウィンド』『LA フリー・プレス』『ジョージア・ストレート』『ヴァンガード』『バークレー・トライブ』……。
これらの変色したひと束の新聞が”アンダーグラウンド・ペーパー”です。
発行年を調べると、どれも「一九七二年」刊行とあります。きっと同じ一人の人が大切に保存していたものが〈赤いドリル〉にたどり着いたのでしょう。
当時アメリカのヒッピーたちが生活情報を得るために、こうした週刊(または隔週刊行)の新聞を情報源として熱心に読んでいたことは、知識としては知っていました。最先端の情報を得るには、口コミか、こうした新聞か、若い人むけのごく一部のラジオ放送しかない時代の話です。
ですから、当時発行されたアングラ新聞を読めば、当時のヒッピーのリアルな情報が残されているんじゃないか、と思っていた。
しかし、こういう海外で発行されたしかも少部数のマイナー新聞というと、いざ読みたいと思っても、日本では公共機関等に保存されていません。個人が所有しているものを頼る以外に見たり読んだりが不可能で、インターネットにもアップロードされておらず、さらに新聞の現物を手にとって眺める機会がなかったため、少し考えて、全部で四十冊ほどあった新聞をまとめて購入することにしました。
家に帰り、当時”タブロイド判”と呼ばれたサイズの新聞を広げてみました。
手づくりを感じさせる紙面から、一種「七〇年代初期の空気」としか言いがたいものが伝わってきました。七二年当時、まだ尾を引いていた学園紛争やマリファナの記事が目立っており、記事と記事の合間にロバート・クラムの漫画、イベント情報、”ビルケンシュトック”やレコード会社の広告などが掲載されています。
新聞は時代の空気が真空パックされるメディアですね。ちょっとした記事や写真、セックスがらみの三行広告などから、当時の若い人の姿がリアルに浮かんでくる。よそゆきではない発言や時代のナマな声が伝わってくる。
(僕は昔から古い新聞の縮刷版を読むことが趣味で、暇になると図書館に行って縮刷版のページをめくっていました。いまでは新聞を購読しなくなり、日常的に読まなくなってしまったのですが、久々に新聞の現物に出会ってみると、「新聞っていいな」という感覚が甦ってきて新鮮でした。)
今回の『スペクテイター』の特集(「ヒッピーの教科書」)は、このアンダーグラウンド・ペーパーの現物に触れたことがヒントになって企画されたものです。ヒッピー・カルチャーって、多分、みんなが知っているようで、実はよく知られていないんじゃないかなと、以前から思っていました。
マリファナとかフリーセックスとかピースサインとか、派手だったり表面的だったりすることは何となく話ができるけど、実際にその生活が具体的にどういうものだったかとなると説明しづらいですよね。つまり、ベトナム戦争とか黒人問題とか、その時代の文化的な背景やこまごました生活にまつわる部分の情報が未紹介だったりすることもあって、当時アメリカで何が行われていたのか、ヒッピーの実態がぼんやりしたままです。
そこで、この当時ヒッピーたちが実際にやっていたことや考えを、いまの世代にリアルに紹介したいと思いつき、漫画による歴史形式、年表、記録写真などを組み合わせてみることで、何も知らない人にも伝えたいと考えて、なんとか工夫してみたものが今回の特集です。
当特集は「ヒッピーの教科書」というタイトルに決めました。ヒッピーというものに対して”教科書”というのもナンセンスに映ると思う人もいるでしょう。しかし、ある意味で教科書にあたるような基本文献がいまだに乏しいので、あえてこのように名付けました。
(*購入したアンダーグラウンド・ペーパーに載っていたヒッピーに関する情報は、関根美有さんの漫画と、ビート/ヒッピー年表の中で、いくつか使用しています。)
新聞の中から、『スペクテイター』の巻頭のページに『サンフランシスコ・ベイ・ガーディアン』という新聞を”教材”として載せておきました。西海岸のサンフランシスコはヒッピー運動の発祥地とも呼べる場所で、同地ではこんな感じの新聞が毎週発行されていたんですね。当時の雰囲気だけでも感じとっていただけると話がぐっとつかみやすくなると思います。また、六〇年代から七〇年代にかけて、東京でリアルタイムに英米の音楽新聞を購入して読んでいた鏡明氏にお願いして、「アンダーグラウンド・ペーパーの読み方」と題した解説をしていただきました。新聞に書かれていた内容を知りたい人は、こちらも併せてお読みください。
最後に。現段階でヒッピー・ムーブメントに関していちばん理解しやすいと思われる文献としては、バートン・ウルフという作家が同時代に書いた『ザ・ヒッピー』(飯田隆昭訳・国書刊行会)をお勧めします。
発売/2019年7月8日
特集:ヒッピーの教科書
◆ヒッピーの歴史
まんがと文/関根美有+ 赤田祐一(編集部)
第1部 ビート・ジェネレーション 1945 -1962
第2部 ヒッピーの誕生 1963 -1969
第3部 ヒッピーの影響 1970 -1973
第4部 ヒッピーの現在 1974 - 2019
◆インタビュー 取材と文/編集部
真崎義博(翻訳家) 「ヒッピーとビートの違いについて」
鏡明(評論家) 「アンダーグラウンド・ペーパーの読み方」
行川和彦(音楽評論家) 「ヒッピーとパンクスの違いについて」
◆「WHO'S WHO ヒッピー人別帖」イラスト/東陽片岡
◆「ヒッピーの復讐 mellow times へ、ようこそ」文/佐伯誠
◆「カリフラワー・チルドレンの記憶」 文/吉井清
◆「A Retrospective あるコミューンの記録 Morning Star Ranch」
◇連載 はみだし偉人伝 その1 阿木譲と『ロック・マガジン』 文/嘉ノ海幹彦
◇『ミツザワ通信』をなぜつくるか 文/田口史人
1967年生まれ。エディトリアル・デパートメント代表。大学卒業後2年間の会社勤務を経て、学生時代から制作に関わっていたカルチャー・マガジン『Bar-f-Out!』の専属スタッフ。1999年、『スペクテイター』を創刊。2000年、新会社を設立、同誌の編集・発行人となる。2011年から活動の拠点を長野市へ移し、出版編集活動を継続中。