トラベルカルチャー雑誌 『TRANSIT (トランジット)』の林編集長が、「旅のお土産」をテーマに、毎号ゲストの方と対談する連載企画。今回は、ハワイにまつわる書籍や、ビートニクに関する書籍などで知られているフリーランス・ライター&エディターの今井栄一さんが登場。今井さんのお土産にまつわる興味深いお話が聞けました。
好きな本が、旅に出るきっかけになることが多い
林 今井さんはハワイやサンフランシスコ、ポルトガルなど、仕事柄もあると思いますが同じ場所に何度も行っていますよね。旅の行き先はいつもどのように決めているのでしょうか。
今井 旅好きになった話からすると、もともと僕はアメリカの高校に通っていて。それが中西部の田舎町だったので、ずっとNYに憧れがあったんです。小説『ライ麦畑でつかまえて』の舞台がNYだったり、ジョン・レノンが住んでいたダコタハウスがNYだったり、映画『タクシードライバー』が好きだったり、いろいろな理由が重なって。それで、高校を卒業してすぐにグレイハウンド(長距離バス)の3ヶ月フリーパスを買ってNYを目指したんです。
林 バックパッカーみたいな感じで?
今井 そうですね。お金はないけど時間だけはいっぱいあったので、シカゴやデトロイトなど途中寄り道をしながらNYへ向かいました。なので到着まで1ヶ月くらいかかって、結局NYには1ヶ月くらい滞在して。その後は南へ降りて、マイアミやキーウェスト、ニューオリンズ、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナなどを巡りながら、3ヶ月ほどかけてアメリカを半周してサンフランシスコまで行ったんです。バスの中で寝て起きて、時には一日中移動し続けてという、あんな旅はもう今はできませんが、そのとき僕は旅の楽しさを知ったのだと思います。
林 その頃からすでにライター志望だったのですか。
今井 書くことは好きでしたけど、特にライターになりたいとは思っていなかったですね。
林 でも、本は好きだったんですよね? ポルトガルに行くきっかけは、アントニオ・タブッキやフェルナンド・ペソアなどの本を読んだからだと聞きました。
今井 そうですね。本が旅のきっかけになることが多いかもしれない。
撮影で行ったハワイで、先住民文化の面白さを知った
林 ハワイはどういうきっかけだったのですか。
今井 アメリカをいろいろ旅した後、日本に帰るときの飛行機がオープンチケットだったんです。確認したらホノルルに寄れることがわかって。どうせならハワイ州も行ってみたいなって。
林 ハワイを「州」としてとらえ、興味をもったというのがおもしろい。
今井 いろんな州を周ってきたばかりだったから、オアフ島やハワイ島というよりもハワイ州という意識のほうが強かった。でも、当時は若くてお金もないし、サーフィンもしていなかったからビーチで遊ぶ欲望もなく、特にいい場所だとは思わなかったんですよね。その頃は、とにかくNYやサンフランシスコのような都市と、ヘイミングウェイが住んでいたキーウェストや、アメリカ南部の文化のほうに興味がありました。
林 そこからどうしてハワイ好きになったのですか。
今井 20代後半にサーフィンとボディボードのDVDを作る仕事に関わって。そのときに「ハワイは行ったことがある」と言ったら、いつの間にか詳しい人になっていて、カメラマン、ディレクターらと撮影しに行くことになったんですよ。その最大のミッションは毎冬にノースショアで行われる有名な波乗りの大会を撮影すること。でも、現地に行ってわかったのが、ハワイの波乗りの大会やコンテストというのは、毎朝波の状況を見ながら開催するかどうかが決まる仕組みで、最長で4週間は延期される可能性があるということだったんです。毎朝6:00くらいに大会本部に電話すると、「今日はやらない」という返答の日々が続いて。
林 天候はどうにもならないですもんね。
今井 そうすると暇なわけですよ。サーフィン界のレジェンドと呼ばれる人たちのインタビューなどもしましたが、空いた時間で島を周り、いろんな人に逢い、ハワイの文化や歴史を知っていったんです。1週間の滞在予定が、結局1ヶ月くらいになって。ハワイの先住民文化、スラックキーギターや伝統の音楽、フラや神話、聖地について学び、自然を敬い、八百万の神々を信じ、森羅万象の中に生きるハワイの人たちに強い興味を持つようになりました。
林 へぇ〜、意外なきっかけだったんですね。
今井 それまではどちらかというと世界の都市に興味があったんです。若い頃に読んでいた雑誌の『ポパイ』や『ホットドックプレス』なども、海外取材といえばアメリカ西海岸かNY、たまにロンドン、パリといった都市が多かったですし。でも、そのハワイでの仕事をきっかけに、島々や南洋への興味が募っていきました。
石や貝殻、化石などの小物を持ち帰ることが多くなった
林 本日持ってきてくださったお土産には、都市の雰囲気があるのはないですね。どちらかといえばスピリチャルな雰囲気がする。
今井 都市を旅していた頃はお金もなかったし、荷物は少ないほうがラクだから、何かを持ち帰ってくることに興味が湧かなかった。ここにあるものも高価なものはないですよ。四万十川の石や、ハワイの貝殻、アリゾナの木の化石とか。こういうのを拾って持ち帰ることが多い。あとは鳥が好きなので、リトアニアの鳥の造形をしたオカリナとか、香川のフェルトで鳥を作っている作家さんのものとか。スウェーデンのアンティーク市で見つけたB級品の鳥の置物とか。
林 石や貝殻などを拾うとき、これだと思うものはどう探すのですか。
今井 手に持ったときの心地良さなど、フィーリングが合うものを選びますね。でも、無闇に持ち帰らないようにしています。自分の中での言い訳としては、また戻ってきたときにお返ししますという感覚。戻したら、また新しいのを借りてくる。
ダーラヘストを削っていると、旅が続いているような気になる
林 その感覚は素敵ですね、持ち帰るのが禁止な場所もありますし。ちなみに、基本的にお土産は自分用ですか?
今井 誰かにお土産を買って帰るのも好きですよ。でも、どうせ買うならちゃんと選びたい。もし林さんにお土産を買うなら、林さんのことをじっくり考えてきちんと選びます。
林 そういう選び方は贈られた方も絶対に嬉しい!ここには、『TRANSIT』でも何度か行っていただいた、スウェーデンのダーラヘスト(木製の馬)もありますね。
今井 最初はただの飾りだと思っていたんですけど、アンティークものや作家ものもあると知って。以来、気に入ったものを買うようになったんです。ダーラヘストは、完成品だけでなく、ざっくりと馬型になった白木が売っていて。それをモーラ地方で作られているモーラナイフを使って自分のカタチに削っていくんです。塗装にもそれぞれの模様があって、最後までひとりで完成させる。僕が勝手に師匠と呼んでいるヨッゲさんは(ヨッゲ・スンドクヴィスト。北欧を代表する木工作家)、「木を彫る、削るのは、時間を楽しむ、ヒーリングのような作業だ」と言っています。
林 お土産なんだけど最後は自分で完成させる、という発想がいいですね。
今井 上手い人は喋りながらでも削れるし、コーヒーを飲みながらやったり、会社の休憩時間にやったり。僕もキャンプに行って暇な時間があると削ったりしています。旅の記憶が蘇って、旅が続いている感じがするんですよ。また、落ち着く時間でもある。
林 自然の中で削っている風景がまた絵になりそうですね。あとは、本やCDもありますね。
今井 林さんも海外の本屋さんについ行っちゃうでしょ?お土産として買うときは、読むためのものというよりも、レイアウトやイラスト、パッケージがかわいいという理由で買うことが多いです。
林 すごいわかる。今井さんにとって、お土産にはどんな効用というか役割りがあると思いますか。
今井 ここに並んでいるものは、常に目の届く場所にあって、たまに触ったりして楽しんでいます。浴室や仕事のデスク、ダイニングテーブルとかに置いているんですよ。僕の場合、買うときも拾うときも、あそこに置こうと決めてから持って帰る。その想像がつかないものは買わないです。
林 そうなると置物系が多いんですか?
今井 あとはスカーフやバンダナが多いですね。便利だし、寒かったら首に巻けばいいし、敷物にもなる。東京でも売っていますけど、バンダナは特にその土地ごとに模様が違ったりして面白いんです。
林 でも、すべてが今井さんらしいというか統一感があって素敵です。ひとつの宇宙のように広がっている。お土産って、その人らしさがすごく出るものなんだなって今日気づきました。
今井 そうですね。選ぶ行為って、その人らしさが出るかもしれない。
PROFILE
フリーランス・ライター&エディター。旅や人をテーマに国内外を旅しながら、執筆、撮影、編集などをこなす。また、FMラジオの番組作りなども行なっている。著書に『雨と虹と、々ハワイ』『Hawaii Travelhints 100』『世界の美しい書店』『104歳になって、わかったこと』ほか、訳書に『ビート・ジェネレーション〜ジャック・ケルアックと歩くニューヨーク』『アレン・ギンズバーグと歩くサンフランシスコ』『1972年のザ・ローリング・ストーンズ』などがある。
https://www.instagram.com/imalogs_/
1980年岐阜県生まれ。編集者。『NEUTRAL』に創刊時より参加。その後いくつかの雑誌編集部を経て、『TRANSIT』に参加。発刊第41号、ニューヨーク特集が発売中。
http://www.transit.ne.jp/