トラベルカルチャー雑誌 『TRANSIT (トランジット)』の林編集長が、「旅のお土産」をテーマに、毎号ゲストの方と対談する連載企画。今回は、お菓子研究家の長田佳子(foodremedies)さんにお越しいただきました。長田さんがお菓子作りを始めたきっかけは、SHIPSが今年のホリデーシーズンに提案している「to my dear」とも関連がある心温かなものでした。
お菓子を通じて、楽しい時間を共有したいと思いこの道へ
林 『TRANSIT』はトラベルカルチャー誌なので、料理研究家の方とお仕事する機会が少ないんです。でも、昨年発行した『美しきヨーロッパ スイートな旅をしよう』という特集では、長田さんに「イタリア、フランス、イギリスの12カ月のお菓子」をテーマにレシピカードを作っていただいて。それが最高にかわいくできたんです。今回は、そんなご縁でお菓子研究家の長田佳子さんに登場いただきました。長田さんのスタートはフランス菓子ですよね?
長田 そうですね。
林 では、フランスにはこれまでに何度か行かれているんですか?
長田 20歳くらいのときにイギリスとフランスを旅しましたが、当時はお菓子にたずさわっていなかったので普通に観光をしていました(笑)。フランス菓子については、日本のお店で何軒か修行させてもらって。
林 最初にフランス菓子を志したのは、やはり王道だったからですか?
長田 日本でお菓子を習うとなると、自然とフランス菓子という入り口が多いのかもしれません。もともとお菓子を食べるのが好きというよりも、喫茶店に行くのが好きだった家族の影響が強いんです。というのも、父と母の年齢が離れていたこともあって、カフェでそれぞれが好きなことをするのが団欒だったんです。みんなで同じ時間を共有して「良かったね」と帰る。そこの食べ物やコーヒーが美味しかったら「また行こうね」って。私もそういう時間が作れればいいなと思って、この仕事を始めたんです。
林 仕事選びの段階で、相手を思う気持ちがすでに宿っていたんですね。でも、フランスの伝統的なケーキ屋さんの味はかなり甘いですよね。一方で、長田さんのお菓子はスパイスやナッツがたくさん入っていて、大人のスイーツといった感じがするんです。そこに辿り着くまではどんな道のりだったのですか?
長田 10年くらい修行時代があったのですが。毎日本気で味見をしていたので、砂糖や小麦の摂りすぎで体を壊してしまったんです。きれいなケーキに仕上げるために添加物を入れたり、必要以上に手を加えることにもだんだん疑問を抱くようになり…。でも、そういうものだと自分に言い聞かせながら日々を過ごしていたんですけど、やっぱり合わないなと思って。
林 でも、一般的にはそれがスタンダードですよね。
長田 そうなんです。そいううこともあり、修行時代はなるべくムラがなく、上品できれいなものを毎日作ろうという気持ちが強かった。でも、「自分が本当に作りたいお菓子は何か?」を考えたとき、食べてもらえるならなるべく体に負担が少なく、栄養になるようなもの作りたいと思って。
林 一般的なケーキを毎日食べたら体を壊しそうですけど。長田さんのケーキなら毎日食べても健康そうだし、毎日食べたい(笑)
長田 今はコンビニでもどこでもおいしいお菓子やケーキが簡単に買える時代ですが、そういう場所では味わえないものを作っていけたらと思っているんです。
シチュエーションに合わせた、体のことを考えるレシピ
林 いつも食材の意外な組み合わせに驚いてしまうのですが、どうやって発見するのですか?
長田 体を壊したときに漢方の先生に学んだことがあって。当時はお菓子作りをやめてそっちの世界に入ろうと思ったほどなんです。でも、先生が「どちらかを無理に選ばなくてもいいんじゃない?」と言ってくれて。以来、お菓子の中にも陰陽の考え方や、アロマの効果やスパイスの要素を取り入れたら面白いんじゃないか? と思うようになって、そこからいろんな組み合わせを考えるようになったんです。味のバランスつくるのは失敗も多いですし、納得行くまでに時間がかかります。
林 長田さんのスイーツは食べても罪悪感がないし少しの量でも満足感が得られます。
長田 たとえばこのキャラメルを作るにしても、朝食べるならもっとナチュラルな味がいいとか、ランチタイムなら少しこってり、夜はお酒の後に楽しめるようにとか、シチュエーションに合わせてレシピを変えていきたいんです。そういうことが、自分の体を考えるキッカケになればいいなって。
林 先日はスウェーデンに行かれていたんですよね? その前はアメリカのアーミッシュの村に行かれて。食やお菓子にまつわる取材をされたんですか?
長田 もともとアーミッシュの人たちの暮らしに興味があったんです。彼らは子どもの頃から自然に近い生活の中で馬などの動植物に触れ合っているので、免疫力が高くて病気になりにくいという話があるんです。自分がやっていることとは切り離せない、もっと知りたいと思ったんですよね。
林 ぼんやりと伝統的な暮らしを送っているんだと想像できますが、情報は限られていますよね。お菓子のほうはどうでしたか?
長田 アーミッシュの人たちは、もともとスイスやドイツの移民なのでヨーロッパの雰囲気が残っているお菓子なのかな?と思ったんですけど。甘くて大きくて、結構アメリカな感じでした(笑)。でも、彼らの村で古くから伝わる「シューフライパイ」は独自でしたね。モラセスシロップという、黒糖みたいなものを使っていて、それがクランブル(そぼろ状)になって入っているんです。
林 へぇ?。電気を使わない暮らしのなかで、どうやって炊事や洗濯などをしているんですか?
長田 主にプロパンガスを使っていると伺いました。それを使って自家発電をしながら、オーブンやミシン、冷蔵庫を動かしていました。夜になると照明はガス灯。あと、彼らは家も自分たちで建てるようなのですが、東西南北や季節をもとにこの場所は年中涼しいからキッチンにしようとか、そうやって家全体のレイアウトを決めるそうです。
フィカのあるスウェーデンは住んでみたいと思うほど良かった
林 先日のスウェーデンはどこに行かれたんですか?
長田 ストックホルムです。
林 では、都会の洗練された感じで。
長田 はい。主にフィカについて取材をさせていただきました。フィカってお茶をする時間のことなんですけど。スウェーデンの多くの方たちは、一日にお茶の時間を2回くらい取られるんです。多いと1日に3?5回も。カフェにもいろいろ行ったんですけど、何を食べても美味しくて感動しました。もう少し早く知っていればと思いました。
林 北欧って食文化が進んでいるんですよね。最先端のレストランがあったり。
長田 それと、カフェでは隣の人がみんな声をかけてくれるくらいフレンドリー。住んでみたいと思うほど良かったです。
林 行かれたのが9月というのもあるかもしれないですね。白夜や極夜の時期はまた違った印象を持つかもしれない。
長田 違う季節にも行ってみたいですね。でも、冬は日照時間が少ないから精神的に不安定になるのは少なからずあるみたいです。だからこそフィカをして、人とのあたたかい繋がりを大切にしているとも伺いました。そういう人と人とのコミュニケーションの時間を作るという面も、お菓子作りを通じて私にもできることなのかなと改めて感じました。
林 フィカの考え方は、長田さんがお菓子作りを始めたきっかけと似ていますよね。向こうでは何か思い出深いスイーツに出会えましたか?
長田 スウェーデン発祥と言われるシナモンロールは、自分が思い描いていたものとは別ものでクオリティが高くすごくおいしかったですね。それと、スウェーデンの方はカルダモンが大好きで、驚くほどの量が入っているんですけど、それもまたやみつきになるんです。食感も少し硬めで毎日食べたくなる。フランスより北欧のお菓子のほうが自分に合うなと思いました。
林 それほどまで気に入ったんですね。
長田 クッキー類も美味しかったですね。不思議なのが、どのお店に行っても7種類のクッキーを売っているんです。もちろんそれぞれのお店に個性はありますが。
林 それは面白いですね。
長田 おもてなしをする際に4種類だとそれぞれ好みがあるので物足りないし、いろんな人が集まったときには7種類あるとすべての人が満たされるということらしいんです。
?スウェーデンの旅のお土産?
1. ストックホルムの空港で帰りにかったケーキのレシピ本。
2. 小麦ベースで作られた、クラッカー感覚で食すクネッケ。「スウェーデンの方は野菜をたくさん食べるのと、フィカでお菓子を食べるので、パンだとお腹いっぱいになってしまうらしく、クネッケが付いていたりします。
3. シードやナッツ類が入ったクネッケ。
4. 古くからベイキングパウダーとして使っている、パウダー状になった鹿の角の骨。
5. いい製品だと聞いていた、フィンランドのメーカーのハサミ。キッチン周りで使うことを想定して購入。
6. 日本のフリーマーケットで買った北欧のボードゲーム。
7. お菓子に使うと独特の食感を出せると聞いて購入した植物のシロップ。
8.リンゴンベリー(こけもも)がパウダー状になったもの。「こけももがドライパウダーになっているものは初めて見ました」。
9. ダーラナ地方の馬のモチーフをかたどった大きな型。
10. ローゼンダールガーデンで購入したガーデニング用の手袋。「デザインが気に入って、養蜂用にいいなと思って買いました」。
11. ツナ缶。「スウェーデンはお魚が美味しいので、缶詰も美味しいかなと思って試しに買ってみました」。
12. シュガーフリーのリコリス。「昔は苦手でしたが、いつの間にかクセになって好きになりました」。
お土産をあげるより、海外で出会ったお菓子を再現して一緒に食べる
林 買い物やお土産探しは、どこに行かれたんですか?
長田 スーパーを中心に、あとは蚤の市に行ったり。知らない国での買い物って本当に楽しいなって思いました。将来は、お菓子だけでなく、外国でセレクトしたものを売るお店もいいなという夢が膨らみました。
林 そんなお店があったら大人気になりそう! 海外に行ったときは、お友だちへのお土産も買いますか?
長田 もちろんお土産も買いますが、「こんなお菓子があったから作るね」っていうのが多いです。お土産を渡して終わりというより、何かを創作することで、その人の想像が膨らみ、行きたい気持ちになったらいいなって。
林 それは素敵ですね。今回はホリデーシーズンということで、SHIPSさんのキャンペーンテーマが「to my dear」なんですけど、クリスマスの思い出は何かありますか? お菓子業界は繁忙期だと思いますけど。
長田 洋菓子店に勤めていた頃は徹夜も多くて、街の賑わいも知らないほど。自分で祝う時間はなかったかもしれません。
林 長田さんにクリスマスケーキを頼んでも、サンタがのっているとは絶対に思えない(笑)
長田 そうですね。クリスマスケーキに限らず、旬のハーブや食べられる食材でデコレーションすることが多いです。私は誕生日ケーキを頼まれても名前は書かないようにしていて。というのも、誰が主役かはみんなわかっていることだし、ケーキの前ではみんながうれしい気持ちを共有できることが一番かなと思っているんです。いつか、ケーキにのせるキャンドルも自然な素材で作ろうと、今、養蜂をはじめはちみつプロジェクトを進めているところです。
林 養蜂は蜜蝋を作ろうと思ったのがきっかけなんですね。いつか蜜蝋キャンドルが立てられた長田さんのお菓子が食べられる日を楽しみにしています。今日はありがとうございました。
長田佳子 | Kako Osada
菓子研究家、「foodremedies」主宰 レストラン、パティスリーなどで修行を積み、「大地を守る会」のカフェにてキッチンシェフを務める。その後独立し、友人とギフト専門の焼き菓子店をオープン。ファッションブランド「YAECA」の「PLANE BAKERY」にてスイーツの開発・製造担当を経て、現在は店舗を構えず「foodremedies」(フードレメディ)という屋号で、お菓子教室や出張形式での喫茶イベントなどに取り組んでいる。”レメディ”とは癒し、や治療するという意味。?ハーブやスパイスなどを使い、香りや食感から、まるでアロマが広がるような、なるべく体に素直に美味しいと感じられるお菓子を日々研究中。2016年秋に初のレシピ本『foodremediesのお菓子』を出版。
http://foodremedies.info/
林 紗代香 | Sayoka Hayashi
1980年岐阜県生まれ。編集者。『NEUTRAL』に創刊時より参加。その後いくつかの雑誌編集部を経て、『TRANSIT』に参加。発刊34号より編集長を務める。最新号はアイスランド特集、次号ベトナム特集は12月18日(月)発売。発売日当日には、代官山蔦屋書店にてトークイベントあり。詳細はHPをご覧ください。
www.transit.ne.jp
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