SHIPS MAG読者のみなさん、こんにちは。
スペクテイター青野です。
秋の気配が近づいたと思ったら、ふたたび真夏のような暑さに戻ったり、なんだか気まぐれな季節の変わり目ですが、いかがお過ごしですか?
暑い季節に合う食べものと言えば、そう、カレーです。
SHIPS JET BLUEのスタッフ横山博之さんの連載記事(#よこカレーin SHIPS MAG)の愛読者の方は、当然ご存知でしょうが、個性的な味でファンを魅了するカレー専門店が、いま都内を中心に全国に続々と誕生しています。
そんな流行りに乗ったわけではないけれど、10月初旬に発売予定のスペクテイター最新号では、カレーにまつわる特集を組む余予定です。
なぜ、いまカレー専門店が増えているのか?
あの名店の味は、どのようにして生まれたのか?
人気のカレー専門店主の創意工夫や創業までの物語など、ふだんは明かされない謎に迫ってみました。
そんなわけで今回は、最新号の取材をおこなうにあたり、資料として読んで面白かったカレーにまつわる本を紹介します。
カレーを美味しく味わう一助としていただけたら幸いです。
『カレーの歴史』
コリーン・テイラー・セン=著 竹田円=訳(原書房・2013年刊)
カレーについて書かれた本で、およそ必ずといっていいほど繰り返し提示されるのが「カレーという言葉はどこから来たのか?」という謎です。
その発端は「カレーと呼ばれる料理は、実はインドには無い」というトリビア感満載の事実にあるらしいのですが(ご存知でしたか?)、面白いのは、どの本も判を押したように「その起源に関しては諸説あるが…」という前置きと共にカレーという料理の呼び名の起源に関する複数の説が、まるで落語の「まくら」のように紹介されていることです。
その起源に関しては各自調べてみるとおもしろいと思いますが、「まくら」が終わると次に、やはりどの本も同じ調子で「では、現代の我々が食べている、インドのカレーとは似て非なる世界各地で食べられているカレーの味は、どこから来たのか?」という疑問が展開されるのです。
こうした疑問に対する答えを、100年以上も前に出版された古い料理本やレシピのなかに探しながら、カレーにまつわる歴史と文化についての考察を展開しているのが本書です。
著者はシカゴ在住のフードライター。カレーのレシピを世界で載せたイギリスの料理書やヴィクトリア時代の料理書など、古い料理の本に記載されたカレーの作り方などを手がかりに、カレーのルーツの真相を辿る下りは、まるで推理小説のようなスリルと謎に満ちています。
文中に出てくる古い料理本に掲載されている昔のカレーのレシピが紹介されているのも嬉しいところ。「アウドの太守のカレー(ランデル婦人「A New System of Domestic Cookery」1842年)」や「ワイバーンのチキンカレー(アングロ・インディアン式チキンカレーの永遠の理想型「Culinary Jottings from Madras」1878)」などのレシピを参考に、カレーの起源の真実を辿る旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。(AO)
『カラー版 インド・カレー紀行』
辛島昇=著 大村次郷=写真(岩波ジュニア新書・2009年刊)
タイトルだけで中身を推測すると、まるでカレーの味を求めてインド各地を旅した人の旅行記のようにも思えますが、単なる食べ歩きの本ではありません。
「私が本書で展開しているのは、カレーとして理解されるインド料理を素材とした、インド文化についての「文化論」なのである」
そう「まえがき」のところで述べられているとおり、インドの歴史や文化について書かれたマジメな本です。
著者の辛島先生は漫画「美味しんぼ」に登場したことからカレー博士として知られるようになったそうですが、カレーの専門家ではなく、南アジア地域研究の第一人者、タミル語刻文研究の世界的権威でもあります。その先生が歴史研究のためにのべ8年間を費やしたインド滞在経験をもとにカレーの起源とインドの歴史・文化について書かれています。
この本もカレーという言葉のルーツを探るところからスタートしていますが、単なる語源の詮索にとどまらず、古代の「仏典」や中国の「後漢書」などに記された食にまつわる記述を引きながら、カレーの起源やインドの生活文化についてまで深い考察が展開されています。
代表的なインド料理のレシピやカレー関連用語集など、カレーを味わう上で役に立つ情報がコンパクトにまとまっているのも嬉しいところ。カレーマニアを自認する人なら本棚に揃えておきたい1冊です。
随所に散りばめられたカラー写真も見どころのひとつ。スパイスを粉に挽く石臼や、乾燥させる前のクローブの実やカルダモンの苗など、はじめて見るような写真を通じてインド・カレーへの理解を深めれば、これまでとはひと味ちがうカレーの味が楽しめるかもしれません。(AO)
『カレーライス進化論』
水野仁輔=著(イースト・プレス・2017年刊)
「カレースター」という肩書で、日本各地でカレーのイベントを開催したり、カレーの講師を務めたり、カレーの本を自費出版したりと、カレーにまつわる活動を20年近くにも渡って精力的に続けている水野仁輔さん。雑誌のカレー特集号には必ずと言って良いほど駆り出され、カレーに関する著書も40冊を超えるというから、まさにニッポンのカレー界の期待の星と呼ぶに相応しい人物といえるでしょう。
そんな水野さんの近著が本書です。150年前にイギリスから日本に伝えられたカレーが、どのような経緯を辿って、現在のような国民だれもが週に一度は口にする食べものになったのか? そもそもインドには無かったカレー粉は、どのようにして生まれたか? といったカレーにまつわる基礎知識を押さえつつ、海外進出を果たす日本のカレーライス専門店の最新状況、バーモントカレーの海外での普及率、未来のカレーライスの行方についてまで、カレー業界関係者への独自取材を通じて様々な論を展開されています。
カレーライスは日本を代表するプラットフォーム・フードであると水野さんは主張します。プラットフォーム・フードとは、サンドイッチ(二枚のパンで具材を挟んだ料理)や寿司(シャリの上に具が乗っている)のように「ある一定の様式を持った料理」のことで、カレーライスもまた食べる人の好みにあわせて自由にカスタマイズできる食べ物。それゆえに文化の壁を越えて世界各地で大きく受け入れられる可能性を秘めているというのが、この本の根底に流れる考え方です。
それを裏付けるかのごとく本書では、海外進出を果たしている日本のカレーライスの事例が紹介されています。全米での出店1000店舗を目標に掲げるゴーゴーカレーや、すでに中国で約50店舗を展開するココイチの快進撃にまつわるエピソード。さらに、大阪スパイスカレーの台頭やご当地カレーの流行など国内の最新カレー事情についても詳しく触れられていて、さすが事情通と感心させられるところが多い、カレーの現在と未来を知るには最適な一冊です。(AO)
『風来坊のカレー見聞録?
アジャンタ九段店の調理場から』
浅野哲哉=著(早川書房・1989年刊)
日本のインド料理店の草分け的存在「アジャンタ」のインサイド・ルポ。インド食文化の魅力を伝えてる本としてはピカイチでしょう。
当時法政大学に通っていた浅野哲哉氏は一九七七年秋、探検部の先輩に連れて行かれた「アジャンタ」のカレーに遭遇したことでカルチャーショックを受けて、同年十月、インド探検の旅に出発。カレーの香りに誘われるまま、半年間インド各地の大衆食堂を食べ歩き、以後、浅野氏は毎年のようにインドを再訪するようになります。帰国後もインド熱はやむことなく、憧れの「アジャンタ」にアルバイトで働きはじめることに。
淺野氏は、最初ホールのウエイター係だったのですが、仕事への情熱が認められたことから格上げされて、厨房勤務になります。往時の就労体験を振り返り、名店「アジャンタ」の仕事仲間や先輩たちから学んだエピソードで構成されているのですが、料理という具体性の強い世界で見聞きしたことが独特の軽妙なタッチで綴られていて、たとえば仕事開始直前の調理場でのやりとりというと、次のような調子です。
「おーい、アチャノ。コーヒーできたよ」
シャワーを浴びながらさっぱりしたところで、マニさん特製の南インド式泡立ちコーヒーを飲む。とてもマイルドなカフェオーレで、数百万円もする自動コーヒーメーカーでもこの味は出せないかもしれない。コーヒー豆もミルクも砂糖も普通のものを使うのだが、秘伝は作り方にある。
まず、かなり濃い目に落としたコーヒーを入れた大きめのカップと、たっぷりのミルクと砂糖を入れたもうひとつのカップを両手に持つ。いきなり片方のカップを高々と揚げたかと思うと、一筋のミルクが細い滝のようにもう片方のカップに落ちてゆく。その落差なんと一メートル余。間髪を容れず、今度は逆の動作で乳褐色となった液体を元のカップに落とす。これをすばやく何度もくりかえす。
ジョージョボジョボ、ジョージョボジョボ……心地良い音。まるでふたつのカップの間を細いチューブで結んだかのように乳褐色の筋が流れ落ちてゆく。この妙技によって創りだされた泡には、マイルドさの内に深い味わいが秘められていた。
「マニさん、これ、ほんとにおいしいね」
「そうだよ。こうやってミキスィングするとコーヒーに『大気(プラーナ)』が溶けるのよ。だからおいしいね」
「へえー、プラーナ入りコーヒーかあ。だったら朝飲むのがいちばんだね」
日本文化とインド文化のせめぎ合いについて、これほどやさしい表現で深く書かれた本は、他に知りません。
同じ著者では、インド食べ歩き時代の体験をまとめた前著『インドを食べる』(立風書房)もありますが、こちらは、現在マニアの間で唱えられる「カレーといえば南インド」のきっかけをつくった一冊であると教わりました。(AK)
『身体にやさしいインド』
伊藤武=著(講談社・1994年刊)
伊藤武氏は「一九五七年生まれ」と略歴にあるのですが、『風来坊のカレー見聞録』の著者も同年生まれでした。「あとがき」には次の言葉があります。
「インドには何かがあるはずだ。自分と……この腐った世の中を変える何かが──。
一九六〇年代の後半から七〇年代にかけて、ヒッピーと呼ばれる先進諸国の若者たちはそう信じた。(略)私のインドへの関心も、そんな風潮とともに成長していった。そして、ようやく憧れのインドの大地を踏んだのは、一九七九年のことである」
その時代、西欧的な物質文明に行き詰まりを感じた世界中の若者たちは、熱病のようにインドやネパールを聖地巡礼をしました。「遅れてきた青年」であった彼らは、それまで見たこともない異質な価値観に未来を探ろうと試みました。伊藤氏もそんな若者たちの一人で、美術の専門学校を経て、七九年単身インドに向かい、約二年間にわたりインド全土、ネパール、スリランカ、タイを放浪しています。本書は八五年から八六年にかけてインドを再訪したときの旅の記録として発表された作品で、「カレーとの遭遇」という章から始まるのですが、カレーに関しての記述は「スープ料理である」程度にとどめられて、著者の関心はあくまでインドの文化・哲学に向けられているようです。
一番の読みどころは、第二章「生命の科学・アーユルヴェーダ」についてでしょう。著者によれば、アーユルヴェーダは「生命の科学」の意味。よく知られる日本語で言いかえれば「医食同源」、食べものこそ薬、ということになります。
「肉や野菜には、それぞれに三本の絃を緊張させたり緩めたりする作用がある。だが、ちょっとおかしいぐらいなら、スパイスを齧ってればいいんだ。どんな家庭にも十も二十のスパイスはある。そもそもスパイスは、料理の材料以前に薬なんだよ。(中略)腹が張るようだったらコショウを噛めばいい。喉がおかしいときや歯が痛いときは、クローブをしゃぶればおさまる。軽い風邪ならショウガをすり、お茶に入れて飲めば治る。子供が擦り傷こしらえてきたら、ターメリックをなすりつけておけば次の日にはきれいにもとどおりだ(後略)」
たとえば、カレーをつくるとしましょう。著者は、カレーづくりのはじめに必ず使うマサーラペーストは、いわば煉薬(ねりぐすり)で、カレーの最後の仕上げに入れるガランマサーラは散薬(こなぐすり)、ハーブティーは煎じ薬、ミルクティーなら乳薬(ちちぐすり)と書きます。インド料理が「食べる薬」であるということについて、西インドの小さな町でのアーユルヴェーダ医との対話というかたちで読ませてくれます。
インド大麻の幻覚作用について触れた「行者の宴」など、読ませるところが多い楽しい本です。インド文化全体を深く知りたい人におすすめいたします。(AK)
スペクテイター40号
2017年10月5日発売予定
定価=1000円(税別)
発行=有限会社エディトリアル・デパートメント
http://www.spectatorweb.com/
?特集:カレー・カルチャー
絶品カレーの味は一日にして成らず。
あの話題の一皿は、いかなる紆余曲折を経て完成したのか?
あの人気のカレー店が開業するまでには、どんな出来事があったのか?
日本全国に急増中のインド料理/カレー専門店。なかでもとりわけ個性的な味で人気を集めている個人店のシェフを徹底取材! これまで語られることのなかった、カレー皿の奥に隠れている味のあるエピソードを集め、じっくりコトコト時間をかけて、とっておきのストーリーに仕上げました!
読めばいっそうカレーの味が楽しめるに違いない「カレー・カルチャー」特集、どうぞ、お楽しみに!
◎カレーの歴史をたどる
◎インド & カレーのA to Z
◎スパイスカレーってなんだ?/南インド料理がなぜ流行る?
文/森好宏(宮城県仙台市「あちゃーる」店主) 漫画/UJT
◎カレーの国のエクソダス 取材・文/三田正明
*ダバ★クニタチ(東京都国立市)店主・須田竜
*虎子食堂・カレー屋まーくん(東京都渋谷区)店主・まーくん
*妄想カレー ネグラ(東京都杉並区)店主・大澤思郎 & 近藤麻衣子
◎デリー発、イミズスタン行 富山カレートリップ 取材・文/ワダヨシ+和田侑子
◎個性派カレー店主たちは、どんなことを考えているのか? 取材・文/赤田祐一
*beet eat(世田谷区喜多見)店主・竹林久仁子 「うちのカレーはマクロビオテックの考えがベースになってるんです」 *JAY(山形市)店主・由利三 「私はインド料理に生かされているだけ」 *愛のカレー研究所(秋田県)店主・村上祐子 「結局カレーは人に喜んでもらうための手段の一つに過ぎないんです」
◎「潜入 カレー事情聴取」 漫画/清本一毅
◎「漂流社、カレーはじめました」 漫画/川崎昌平
◎「博士のカレー」漫画/関根美有
◎カレーショップは現代の大衆食堂である 文・遠藤哲夫
◎カレーの島田さんが語る、レトルトカレーの華麗なる世界 文・パリッコ
青野利光| TOSHIMITSU AONO
1967年生まれ。エディトリアル・デパートメント代表。大学卒業後2年間の会社勤務を経て、学生時代から制作に関わっていたカルチャー・マガジン『Bar-f-Out!』の専属スタッフになる。1999年、『スペクテイター』を創刊。2000年、新会社を設立、同誌の編集・発行人となる。2011年から活動の拠点を長野市へ移し、出版編集活動を継続中。