毎号、ゲストの方にお友だちを紹介いただき、注目アーティストを数珠つなぎにしていく本企画。第10弾となる今号は、jan and naomi(ヤン&ナオミ)さんの紹介で小林うてなさんが登場。彼女はスティールパンやマリンバのプレイヤーとして、また、すでに解散してしまったバンド・鬼の右腕のメンバーとして注目を集めてきました。一方で、さまざまな人気アーティストのライブやレコーディングにも参加しており、今年5月には待望のソロアルバムも発表。音に敏感なリスナーには知られた存在ですが、これまであまりインタビューを受けてこなかった彼女。その生い立ちを中心に、独自の世界観を持つ彼女の魅力に迫りました。
スティールパンのキーンって音がすごく苦手で…
??今日はよろしくお願いします。まずは、前回登場いただいたナオミさんとの出会いについて教えていただけますか?
うてな jan and naomiのレコ発ライブにUTENO間を呼んでいただいて。ナオミとはその日が初対面で、いきなり「一緒にやろうよ」って言ってきてくれて、「本当かよっ!」って感じだったんですけど(笑)。私がやっていた鬼の右腕ってバンドも聴いてくれたみたいで。そこからすぐに彼が曲を作ってきて、UTENA DESTROY NAOMIとしての活動が始まったんです。まだライブも数えるほどしかしていないですけど。
??ウテノマっていうのは?
うてな ウテナとノーマでUTENO間っていうDJユニットをやっていて。相方のノーマがもともとナオミと知り合いだったんですよ。
??あぁ?、なるなど。ナオミさんの第一印象はどうでしたか。
うてな 巨人っ! 最初会ったときは、背が高くて髪も長くて怖くて…。でも、すごいフレンドリー。そして、眠る前に聴きたくなるようないい曲を作る人。しっかり者で音楽に対するヴィジョンも明快なのに、とてもアーティスティックなところが面白いです。
??うてなさん初のソロアルバム『VATONSE』では、Seihoくんがエンジニアで参加されていますよね。実は、この連載の第1回がSeihoくんなんですよ。
うてな ねっ、そうみたいですね。今回マスタリングをお願いして。
??どんな印象でしたか?
うてな 髪が長い!
??さっきから見たまんまじゃないですか(笑)
うてな あははは。マスタリングって本来は専門職なんですけど、今回はDTM(デスクトップミュージック)作品ということもあって、トラックメーカーさんにお願いしてみたかったんです。そのことをレーベルの人に相談したらSeihoさんを紹介されて、面識もないままにお願いしました。そうしたら低音ブリブリで返していただいて面白かったです。
??いい低音でしたよね。
うてな 低音が大好きなので、そこを削らずにマスタリングしてもらえたのが良かったです。
??低音は昔からお好きなんですか?
うてな いやっ、そんなことないです。
??えっ。まぁ、スティールパンは高音ですもんね。
うてな いやっ、もともと高音はあんまり好きじゃなくて…。
??えぇっ!? では、なんでスティールパンを始めたんですか?
うてな スティールパンのキーンって音がすごく苦手で。なので、そうではないアプローチを目指したのがキッカケなんです。最初に組んだのがノイズユニットで、ひとりがノイズで、私がスティールパンをリアルタイムでサンプリングして汚すみたいな。キラキラしたものではない音の出し方、聴かせ方を研究してみようと始めたんです。
??そもそもいつから始めたのですか?
うてな 大学でスティールパンのサークルに入っていて、そこですごく苦手になったんですよ。「みんな並んで笑って?!」みたいな感じで。そういうのが本当に辛くて「この楽器は無理だな」って。それ以来距離を置いてたんですけど、大学をやめてから再スタートして。
??ハッピーは無理だけど、ダークになら使えるんじゃないかと。
うてな そうです。本来は暖かい国の楽器なんですけど、「寒い国の楽器みたいに聴こえる」って言われると嬉しいですね。
「受難」か「受難にまつわるシーン」に音楽をつける感じ
??今回のアルバムは楽器を使わず、すべてDTMで作られているんですよね?
うてな 手段が違うだけで、自分のなかでは昔から一貫しているんです。鬼の右腕の頃も作曲はパソコンで作っていましたし。本格的に始めたのは解散してすぐのソロライブから。DTMってすごく奥が深くて面白いので、最近は家でパソコンを触っているときが一番幸せです。
??曲を作るとき、人によっては風景を浮かべるとか、五線譜で考えるとかありますが、うてなさんはどういうタイプですか?
うてな 私は風景というかシーン、もしくは気持ちを浮かべながらですね。「受難」か「受難にまつわるシーン」に音楽をつける感じ。映像としては、石造りの古跡みたいなところにひとりの女性が立っていて、または草原のなかにひとりの女性がいて、それをすごく上から見ているみたいな
??面白いですね。感情だと「受難」が多いんですか?
うてな 多いですね。暗いけど明るいみたいのがすごい好きで。
??えっ、受難って明るくないですよね?
うてな 受難にはすごく希望があるんですよ?。
??ということは、調子が悪いときに曲ができるタイプなんですね。
うてな いや、そういうのは全然ダメで。昔、ある出来事をきっかけに日本語で4曲くらい作ったことがあるんですけど。そうしたら気持ちが完全に晴れちゃって。「これはただの墓作りだな」と。基本的に、「悲しみを武器にするな」という信念でやっています。本当に悲しい、辛いを曲にするのはあまりやりたくない。
??ほぉ。
うてな なので、自分のソロ作品には意味やメッセージは一切なくて。表現が難しいですけど、受難というのも「辛いけど頑張ろう」ではなくて、生きるためにバランスを取る場所みたいな。私を鍛えてくれる架空の場所。でも、そういう感覚はソロ作品のときだけなんです。プレイヤーとして呼ばれたとき、または映画音楽など楽曲提供するときは、求められたものを精一杯応えられるようにやっています。それぞれ違う感覚なんですよね。
??受難といいながらも、話している限りではポジティブですよね。
うてな そうなんですよ。基本的にめっちゃポジティブなんで!
??受難に憧れがあるのかもしれないですね。
うてな えぇ?っ、いやですよ(笑)
両親は、アメリカではキャンピングカーに乗っていたみたいです
??これまで好きだった曲は、どんなものですか?
うてな すごく印象に残っているのが、高校生のときに観たキューブリック監督の『アイズ ワイド シャット』の儀式のシーン。目隠しされたシンセサイザー奏者の演奏をバックに、ほぼ全裸の人が円になって、その真ん中で呪文を唱える人がいるんですけど。そのときに流れる声が衝撃で、ずっと繰り返し観てましたね。最終的にはそれをMDに録音して聴いてました。
??あぁ、やっぱり妖しい感じが昔から好きなんですね。
うてな そっち方面に行かないように調整してたのかもしれない。ドクロとかも昔は興味がなかったんですけど、昨年くらいから気になるようになって。最近はいろいろなものから自由になっていて、歳を重ねてラクになってきました。
??本来、思春期の頃からドクロ系なんでしょうね。それを抑えていたというか。
うてな 大学進学で東京に出るとき、母親に「あんた宗教かっこいいと思ってるでしょ、気をつけなさいよ!」って言われたことがあって。一方で、父親は何の信者でもないのに、私のライブを観た感想が「良かったけど、ちょっと宗教性が足りないな」とか「今日は宗教性があって良かった」なんです(笑)
??基準はそこなんかい! っていう。
うてな そうなんですよ。でも、考えてみれば音楽って宗教的ですよね。
??お父さんが面白い人なんですね。ご両親はもともとヒッピーだったんですよね?
うてな どうなんですかね、アメリカではキャンピングカーに乗っていたみたいです。姉を産んでから日本に戻ってきて、そこからは建築家をしています。母親は女性的で勘が鋭い人。
??音楽を始めたのはいつ頃なんですか?
うてな 家にピアノがあって習いにもに行ったんですけど続かなくて、その後のリコーダー合奏団は楽しかったですね。中学は吹奏楽部で、同時進行でマリンバを本格的に習うようになって、大学は音大の打楽器科に入りました。でも、全然興味がなかったみたいで…。
??えっ? どういうことですか。
うてな クラシックを聴くのはいいんですけど寝ちゃうし、現代音楽なんてもっと意味がわからないし…。そんなときに、インドネシアのガムランって楽器にハマったのでひたすら練習して、試験でも演奏したら教授に怒られ。結局、大学もやめちゃいました。
??そして?
うてな ライブハウスに初めて行った時期で、セーラー服おじさんを観て衝撃を受けたんです。そこから、これまでの「練習しなきゃ!」から「音楽ってもっと自由で楽しいんだ!」にシフトしたんです。
恥ずかしくてワンピースを着れなくなった
??いろいろ遠回りしながら辿り着いた感じなんですね。ファッションに関しても同じでような感じですか?
うてな 最近、一周回って恐怖なんですよね。おしゃれな人への憧れがあって、私は背が低いので、背が高い人が隣にいるだけで恐縮しちゃったり。
??では、洋服を自分で選ぶようになったのはいつ頃でしょう。
うてな 中学生くらいかな。高校の頃はすでに兄がこっちに住んでいたので、高円寺とか原宿に買い物へ来ていました。制服のない学校だったので、毎日紫のアイシャドーに蛍光黄色のタイツを穿いたり。母親も「ちゃんと化粧して学校に行け」という人だったので。
??へぇ?、自由な校風&家庭だったんですね。当時、ファッション誌も読んでましたか?
うてな 読んでましたよ、『Zipper』とか『FRUiTS』とかをたまに。
??最近は今日みたいな黒系が多かったり。
うてな そうですね、ラクなので。でも、2年前くらいまではワンピースしか着なかったんです。それがいまや恥ずかしくて着れなくなっちゃって。
??すごい振り幅ですね。買い物とかは?
うてな 買い物は好きなんですけど、友だちと行かないと無理。服を選ぶって、自分との対話なんで耐えられないんです。試着して「どうかな?」ってひとりで考えるのは切ない(笑)
??でも、音楽も自分と向きあう作業じゃないですか。
うてな 音楽は自分の姿が見えないので。どこか別の世界を構築して、そこに自分を飛ばすようなものですし。でも、ファッションみたいに自分という物体がまずあって、それをどう表現するか考えるのはものすごくハードル高い。だから、ファッションが好きでおしゃれな人は尊敬します、憧れですね。
??最後に、音楽に関して何か目指しているものがあれば教えてください。
うてな それがないんですよ。いまは目の前の曲作りをちょっとでもよくしたい。自分が納得できるトラックメイキングをしたい。そのためにコツコツとやって、何かカタチになったときに初めて目指すべきものが見えると思うので。
??なるほど、これからの活躍も期待しています。今日はありがとうございました!
HABI
EN
TOMATO
小林うてな|Utena Kobayashi
長野県原村出身。東京を拠点に活動するソロアーティスト。ラップトップ、ラップ/オペラ/メタルなどから影響を受けた歌唱、スティールパン、マリンバ、シンセサイザー、パッドなどの機材を多様に用い、演奏手段を選ばない独創的な作曲スタイルを持つ。現在ソロ活動と平行して、「D.A.N.」のライブにサポートで参加する他、映画の劇中曲製作、楽曲アレンジ、音源制作等も手がける。これまで、バンド「鬼の右腕」を結成、2013年FUJI ROCK FESTIVAL ROOKIE STAGEに出演し同年解散。また、蓮沼執太フィル、トクマルシューゴ+、坂本美雨、Ackky、鈴木博文、ダニエル・クオンなどのライブ/レコーディングに参加。ミックスに葛西敏彦/マスタリングにseihoを迎え、2016年5月に初のソロアルバムを2.5D PRODUCTIONよりリリース。
http://utena1989.tumblr.com/
?