トラベルカルチャー雑誌 『TRANSIT (トランジット)』の加藤編集長と、林副編集長による人気連載企画。今回は、世界中を回りながら愛すべき瞬間を集めた写真集『ALL L/Right』を2015年7月に発売したフォトグラファーのtsukaoさんが登場。林副編集長との対談により、女性同士の旅で注意しておきたいことなど気になる話題がいっぱいです。
「私もまさかインドに行くとは思っていなくて」(tsukao)
林 『TRANSIT』の前身である『NEWTRAL』の最終号(2007年)で、tsukaoさんの写真を初めて掲載させていただいて。あれはマルタ島の写真でしたよね。あの当時からいろいろな場所へ旅されていたのですか?
tsukao 私は2006年の独立なので、あの頃は仕事もまだ忙しくなくて。いまのうちにという思いもあって、語学留学を兼ねて行ったんです。午前中だけ学校に行って、午後は撮影みたいな生活を3週間。
林 そうだったんですね。そのときはホルガ(低価格なトイカメラ)とローライ(ドイツの古い二眼レフカメラ)で撮られていて、特にホルガの写真が印象的だったんですよ。師匠である菅原一剛さんはホルガは使わなそうですけど。
tsukao それが使ってたんですよ、ファッション撮影とかで。それを見て面白いなと思って、私も同時期に買ったんです。
林 2011年に『TRANSIT』でインドを取材することになったとき、写真を誰に頼もうかと悩んでいて。インドってある意味で撮り尽くされていて、かっこいいものや土臭いものは今までにも結構あるんですよね。でも、もう少しドリーミーな感じで、女の子の読者が「私でも行けるかも!」って思えるものにしたかった。そこで、tsukakoさんにお願いして一緒に南インドに行こうと思ったんです。
tsukao 私もまさかインドに行くとは思っていなくて。
林 そうそう、だからすごく心配されていましたよね。
tsukao インドが大好きなカメラマンってとても多くて、好きな人は何ヶ月も滞在したりするんですよ。なので、一度も行ったことのない私にお話が来るとは思っていなくて。そんななかで「初めて見る感覚で行って欲しい」と言っていただいて、確かに初めてのインドはまさに宇宙。驚きがいっぱいありました。
林 現地で「シャッター祭りだぁ!」と言っていたのが印象的です。キャッキャッしながら撮影してくれたのでよかったなって。
tsukao すごい楽しかった! この村とかすごくかわいくて、日本だと明治時代にいきなり行ける感じなんです。都会はTシャツにジーパンですけど、田舎に行けばまだ全員サリーを着ているし、タイムトリップ感がすごい。
林 衣装を見たらきれいでかわいいと思いますけど、一般的にはそこに行くまでが危険で不衛生なイメージがありますよね。
「私たちが行ったのは南インドなので、まだ安全なほう」(林)
??実際どうなんですか? インドに行きたいと思いつつも、女性だけでは怖いってイメージもあると思うんですけど。
林 私たちが行ったのは南インドなので、まだ安全なほうなんですよ。
tsukao わりとのんびりしていて。南インドは気候が厳しくないから、緑もあって食べ物がある感じ。食べ物があるとそこまで殺伐としないというか、川沿いとかみんなゆるやかに暮らしている感じでしたよね。
林 いわゆる「田舎の人は優しい」みたいな、そういう感じですね。日本人が珍しいから一緒に写真を撮ろうって子どもたちが寄ってくる。北インドだとカモにされていたと思うんですけど。
tsukao 純粋に撮られたいって感じでしたね。
??困ったことはそんなになかったですか?
林 そうですね、南インドは。
??おふたりで海外取材に行かれたのはそれが初だったんですね。
林 そうですね。ちなみにtsukaoさんはマルタ島のあとはどこに行かれたんですか?
tsukao 2008年にセルビアとクロアチアに行って。その後も仕事の合間に行ければ行くようにして、いろんな場所で撮っていました。というのも、大学のときに友だちがアフガニスタンに行ったんですけど、その後は戦争で行けなくなっちゃって。その経験から、行けるときに行かないと行けなくなるんだって身に沁みて。最初に行ったのは2006年のキューバ、その翌年にマルタ島。
林 そのセレクトはなぜですか?
tsukao パリとかロンドンはおばあちゃんになっても行けるかなと思って。でも、キューバはカストロが亡くなったらどうなるかわからないですし、クルマとか街もどんどんボロボロになっているんですよ。しかも行くまでに30時間くらいかかるので、元気なうちに行っておこうと思って。
「そういう見えないものが一枚に映るといいなと思って撮っています」(tsukao)
??作品撮りをするにあたって、風景や街を切り取ろうと思ったのはなぜですか?
tsukao 去年『ALL L/Right』という写真集を出したんですけど。それは日常のなかにある、ちょっとした愛すべき瞬間を集めたもので。世界中にそういう些細な日常というか、いいなと思える一瞬が散らばっていて欲しいという思いもあるんです。
??それはフォトグラファーとしての基本姿勢みたいなものでもあるのですか?
tsukao 人間って身体全体で感じているから、映像を観ただけと実際に行ってみるとでは違うじゃないですか。匂いとか空気とか雰囲気とか、いろんな情報を受け取れる。そういう見えないものが一枚に映るといいなと思って撮っています。
林 絶景のような場所でなく、すごくローカルな場所で撮られていますけど、あれはどうやって見つけるんですか? ぶらぶら街を歩く感じなのか、場所を決めて何かが起きるのを待っているのか。
tsukao 撮影に行ったときは朝から晩までずっと歩いています。歩きながら探す感じ。
林 二度と出会えない、瞬間の写真が多いですもんね。
tsukao そうそう。いまの世の中で悲しむことはすごく簡単で、ちょっとニュースを見れば辛い出来事ばかり。それで「人はなんで生きるんだろう?」って思っていて…。きっとこの瞬間にも、どこかの国のどこかの場所ではこんなにかわいいことが起こっているんだって思うと、ちょっと世界を愛せる気がしたんですよ。そういう思いで撮りに行っていたんです。
??街を歩くときに地図は使いますか?
tsukao あんまり使わないかも。例えば、画家のおばあちゃんが住んでいるセルビアのコバチッツァっていう村は小さすぎて地図もないので。
林 とりあえずコバチッツァ村まで行って、あとは地元の人に聞くみたいな?
tsukao そういう感じですね。東京で例えると、「中目黒がいいよ」って聞いたら中目黒まで行って、あとはぶらぶら歩くみたいな感じですね。クロアチアもそうだったかな。
林 いつも同じカメラを持って行くんですか?
tsukao このときはずっとローライとホルガの2台。最初はいろいろ持って行ったんですよ。でも、いろいろ使っていると一瞬を撮り逃すんですよね。だからその2台でシンプルに行くようになりました。
「何か新しいことを始めるタイミングなのかなと思った」(tsukao)
林 昨年、写真集を出したということは、一度区切りをつけたという感じですか?
tsukao そうですね、ちょっと区切りをつけようかと。2014年にモロッコへ行ったとき、自転車にぶつかられてカメラが歪んだんですよ。私のローライは50年位前のカメラで、治すには「もうひとつ綺麗なローライを見つけて移植しないと無理だ」と言われて。それに加えて、ずっと使っていたフィルムが発売中止になったり、紙も随分前に発売中止になったりしていたので、このへんで一度まとめようと。何か新しいことを始めるタイミングなのかなと思ったんです。
林 最終的に何カ国になったんですか?
tsukao 16カ国ですね。でも8年かけてなので、ほんとゆっくり集めていったシリーズです。写真を選ぶのは時間がかかりましたけど。
「初日からお腹を壊したり、物を盗られたりすると最悪」(林)
??女性の旅において気をつけるべきことって何かありますか?
tsukao う?ん、まず無理はしないことですね。
林 子どものいる家族に話しかけるとか。
tsukao そうそう、まず話しかけてくる人は無視したほうがいいですよね。それはキューバですごい思いました。カップルの詐欺師とかもいるし。基本的に日本人なんかに興味があるわけないと思ったほうがいい(笑)。話しかけてくる人は、お金なのか何なのかわからないけど、何かを求めているんですよ。ただ友だちになりたいなんて思っていない。だから、自分から話しかけるほうがいい人に当たりやすい。そもそも自分から話しかけるときは、悪そうな人のところに行かないですからね。
??後進国だとトイレが汚そうとかは?
tsukao きつい人にはきついですよ、やっぱり汚いですし。
林 インドは潔癖性の人は無理かもしれないですね。
tsukao うん、絶対無理ですよね。あと、生まれ育った環境で免疫力が違うので、高級ホテルに泊まっても下痢する確率は高いみたいですよ。
林 私はインドの田舎で井戸水とか飲んでましたけど…。
tsukao 林さんは大丈夫。免疫力高めだから(笑)
林 あとは旅の前半はガイドブックに書いてあることを守ってハメを外さないことですね。それで、最後の2日間くらいで屋台にチャレンジするとか。初日からお腹を壊したり、物を盗られたりすると最悪なので。
??林さんもトラブルに合うことがあるんですか?
林 ありますよ! デリーの市場で、最終日にパスポートと財布とiPodが入っていたポーチを盗られたことがあって。あとは空港に行くだけってときに。
tsukao うわぁ?、めんどくさい。それ飛行機乗れないですよね?
林 そう乗れなくて。大きい荷物は空港に預けていて、最後にちょっとだけ街に出たんですよ。空港行きのバスのなかで気づいて、私はどこで盗られたかわからなくて運転手に泣きながら訴えたら車内が大騒ぎになっちゃって。そうしたら「これでリクシャーに乗って大使館行け」って周りの人がお金をくれて。私、インド人にお金をもらっちゃったんです(笑)
tsukao アハハハ、それもすごいね。それでどうなったんですか?
林 パスポートの再発行を待っている間にパスポートがなぜか隣の村で発見されました。空港に預けてたバッグには、違うクレジットカードを入れていたのでチケットを再購入して、2日後くらいに帰国できました。でも、やっぱり4回目のインドで気が抜けてたんでしょうね。ほんと気を抜かないことが大事! それから日本大使館に行ったら、壁に行方不明になった日本人の顔写真と名前がバーッと貼ってあって。そのときに生きているだけで良かったと思いましたね。
tsukao 私は学生のときにバルセロナの安宿に泊まっていて、そこに身長180センチの20歳くらいの日本人4人組が、大使館から送り込まれてきたんです。どうやら彼らは全員パスポートを盗られたみたいで。でも、若くて大柄の男性4人って普通なら一番安全そうじゃないですか、でも彼らは10人組にやられたみたいで。そう考えると誰も安全じゃないんですよね。逆に、腕っぷしの強い男性だと夜遅くまで歩いたりしちゃうし、大事なのは危険を察知する嗅覚ですよ。
「googleマップを使うと現地のバスが使えるようになる」(tsukao)
??日本でもヤバい場所はありますからね。世界中、そういうところは同じ匂いがするから危険を感じる嗅覚って大事ですよね。ホテルはどうやって選んでいますか?
tsukao 旅にもよりますけど、インドは初日だけ決めて行ったんでしたっけ?
林 日程に余裕があれば1日目だけは予約しておいて、翌日からは現地で部屋を見ながら決めるのもいいですよ。
tsukao 最近は当日予約ができるwebサイトもありますしね、ああいうサイトのおかげで治安が良くなった気がします。モロッコにはリヤドと呼ばれる安宿が1万4000軒くらいあるんです。そんなのどれを選んでいいかわからないじゃないですか。でも、ランキングでいい評価をされている宿は口コミをすごく気にしているので、サービスもいいんです。受付で「とにかく口コミしてね!」って言われるし。あと、iPhone以降は旅が変わりましたよ。マラケシュとかは迷路みたい町なので、そこで道案内をしてお小遣いを稼ぐキッズがいっぱいいるんです。でも、いまやgoogleマップが印籠のようでした。あれを見せるとみんな「チッ!」って言いながら去っていく(笑)
??へぇ?、googleマップはマラケシュの細い路地も出てくるってことですよね。
tsukao 全部出てくる、だからラクになりましたよ。そのぶん面白くないっていう人もいるだろうけど。
林 「騙されるのも旅の醍醐味」って人もいますからね。でも、イヤな目に会いたくないならそういうものを活用しない手はないですし。
tsukao あと、googleマップを使うと現地のバスが使えるようになりますね。文字が読めなくてもgoogleが教えてくれる。
林 荷物はどんな装備で行かれるんですか?
tsukao とにかく少なく小さく。仕事で行くときは、三脚を入れるバッグの隙間に詰めて終わりとかありますよ。機材が重いので、自分の荷物は隙間を埋める緩衝材みたいな感じ。なるべく小さくなるものを少なく軽く、グラム単位の戦いです。
林 へぇ?、どれも本当に小さくなるものばかりですね。では、最後にこれを撮影させてください! 今日は本当にありがとうございました。
tsukaoさんの旅の
必需品
これが機材以外の荷物、ほぼすべてが手のひらサイズ。機内持ち込みのポーチには空気を入れて膨らます枕やスリッパなどとともに、虫除けなども入れている。そのほか、下着代わりにもなる水着、アウトドア用のシルクシーツ、雨具、ワンピース、小さくなるバッグ、お財布代わりのポーチ、透明レンズのサングラス、タイツなどを持参。替えのシューズは余裕のあるときのみ。パンツはかさばるのであまり持っていかない。
ファンデーションを含む、すべての化粧品がオールインワンになったトラベルセット。各ブランドから発売されているが、免税店でしか売っていないとか。販売される時期も限られているので見つけたら購入している。これは便利!
クレジットカード紛失時の連絡先などを書いたメモ帳に、パスポートのコピーやエアチケットのコピーなどを貼って持参するという。貴重品盗難時などいざというときに役立つ。
『ALL L/Right』
(リブロアルテ刊)
?4,000(+TAX)
日常のなかにある愛すべき瞬間を求め、16カ国を渡り集めた写真集
ALL L/Rightに寄せて
谷川俊太郎
大丈夫 洗い立てのシーツが陽に輝いているから
だいじょうぶ ぼく のはらでさかだちしてるもん
ダイジョブ ワタシ コノヒト ダイスキデス
フリーズした世界の断片は
あなたの心の中で瞬く間に解凍され
時の流れにゆったりと合流して
記憶の笹舟を浮かべながら
〈いまここ〉をアルカディアへといざなう
大丈夫 窓辺の花のいのちが見えるから
猫たちのしなやかな佇まいが羨ましいから
崩れかけた建物にも地平線はひそんでいるから
大丈夫 愛は決して古びないから
林 紗代香
編集者。1980年岐阜県生まれ。『NEUTRAL』に創刊時より参加。その後いくつかの雑誌編集部を経て、『TRANSIT』に参加。現在は副編集長を務める。31号「タイムトリップ!時空を超えて」が絶賛発売中。次号「神々の住まう島」特集は6月中旬発売予定。
www.transit.ne.jp
tsukao/ ツカヲ
フォトグラファー。
神戸大学卒業後、写真家菅原一剛氏に師事、2006年独立。広告、雑誌、書籍、音楽、CMなど幅広く活動中。著書に『東京空気公園』(主婦の友社)、『うたかた』(角川/プレビジョン)。写真詩集『どこかの森のアリス』(LD&K)、『雪の国の白雪姫』(谷川俊太郎・小松菜奈 / PARCO出版)では写真と映像を担当。
2015年写真集『ALL L/Right』(リブロアルテ)出版。代官山ギャラリースピークフォー、青山ブックセンターなどで同名展覧会を開催。神戸、高松にも巡回した。
見えないけれどそこに感じる大切な「何か」を撮り続けている。
http://tsukao.net
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