SHIPS MAG読者のみなさん、こんにちは。
『スペクテイター』編集部の青野です。
めっきり秋も深まって、実りの季節となりました。
スペクテイター編集部のある長野市のスーパーマーケットには旬な食材が並んでいます。リンゴ、柿、米…新鮮な野菜や果物はシンプルに調理するだけでも美味しいけれど、ちょっとだけ手を加えて自然放置しておくだけで、まるで違った味わいの食べ物へと変化するという事実を「発酵」というキーワードと出会ったことで知ることができました。
「発酵」の不思議と魅力を、みなさんにも味わってほしい。そんな気持ちで鋭意編集中なのが、12月末に発売予定の次号「発酵ワンダーランド」特集(仮題)です。
みなさんは発酵食品と聞いて、なにを思い浮かべますか。
味噌、醤油、酒などが有名だけど、漬けもの、みりん、お酢、かつお節など、日本には古くから伝わる発酵によって作られた食べ物がたくさんあります。
では、それらはどのようにして作られているか、ご存知ですか?
そんなこと考えたこともなかったという人も多いのではないでしょうか。かくいう僕もそんな一人でした。
発酵とは、微生物が食品に繁殖することで起こる変化のこと。
野菜や果物に付着した微生物は食べ物に含まれる糖などの栄養分を分解し、その過程でエネルギーを得て、不要となった副産物を外へ排出します。これら一連の動きによって大豆が味噌や納豆へ、米が日本酒へと変化する。これが発酵のキホンです。
発酵にまつわる話で僕が好きなのが、ミードと呼ばれる飲み物に関するエピソードです。
ミードは、はちみつに水を加えて発酵させることで出来るアルコール飲料。そのままの状態では微生物を寄せつけない蜂蜜も、いったん水で薄められると空気中を漂う酵母にとっての餌となり、やがて盛んに泡を出しながら発酵してミードと呼ばれる酒へと変化します。糖分を餌にしてアルコールと二酸化炭素を生み出す微生物の働きによって、蜂蜜がお酒へと変化するのです。
砂糖水を放っておくだけで空気中に漂う微生物がそこに住み着いてアルコールができてしまうなんて、不思議だと思いませんか?
実はワインやビールや日本酒も、おなじような原理によってつくられているのです。
発酵は食べ物の成分を変化させます。
タンパク質やでんぷんがブドウ糖やアミノ酸へと変化して「うまみ」や「甘み」が生まれ、栄養価が増し、それを身体に取り入れることで免疫力もアップします。
もとの成分を変化させることで長期保存が効く食品へと変える保存効果も発酵の作用です。腐敗の原因となる悪い菌をガードすることで、長期保存の効く食べ物に変化させてしまうのです。
発酵によって作られるのは食品だけではありません。
抗生物質や抗がん剤といった医療品や、アミノ酸、ビタミン、ホルモンなども微生物の働き、すなわち発酵によって作られています。また、生ごみが発酵すると堆肥になったり、微生物がつくる酵素というタンパク質が胃腸薬や歯磨き粉や洗剤の原料になったりと、私たちの暮らしは発酵によって支えられています。
このように、発酵の世界は広大で、奥が深く、神秘的でもあり、とても語り尽くせるものではありません。発酵の原理を活用し、地域の特色を活かしてつくられた食品が世界各地に存在し、それを紹介する本や、発酵の価値を哲学的に語った本もたくさん出版されています。
発酵を学び、実際に自分でも発酵食品をつくったりしながら現代社会を見なおしてみると、新しい風景が見えてきます。科学やお金の力で強引に築きあげてきた現代社会の歪みや、逆に本来あるべき自然な暮らしの有り様が、発酵というフィルターを通すと見えてくるような気がするのです。
知れば知るほど面白い発酵ワンダーランド。この世界に魅せられた人たちと発酵をめぐって言葉を交わし、発酵が生み出した文化について学びながら発酵(取材)を進めているところです。
どんな中身になるかは、蓋を空けてのお楽しみということで、もうしばらく発酵の時間をください。発酵食品のレシピも掲載するので、実際につくってみて、みなさんの暮らしをより味わい深いものへと変化させてもらえたら幸いです。
スペクテイター35号「発酵ワンダーランド」特集に、乞うご期待!
- 『発酵道 酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方』
- 寺田啓佐 (河出書房新社)
千葉県神崎市で300年以上に渡って酒造りを続けている自然酒蔵元〈寺田本家〉。その23代目の旦那による自伝。経営の破綻と病気体験を機に自然酒造りへと転向。その波乱万丈な人生と、微生物との出会いによって身につけた人生哲学が綴られている。
- 『天然発酵の世界』
- サンダー・E・キャッツ著 きはらちあき訳 (築地書館)
世界各地の発酵にまつわる文化や歴史、たくさんの発酵食品のレシピを紹介し、全米に発酵ブームを巻き起こすきっかけをつくった本。テネシー州在住の著者はHIV抗体検査で死の宣告を受けたが、発酵食品と出会うことで人生を醸していった。
- 『ほんとの本物の発酵食品』
- アレックス・リューイン著 宮田攝子訳
コンピューターのプログラマーとして活動する傍らで発酵食品づくりの講座やワークショップを開催している北米在住の著者による発酵ワークブック。シードル、チャツネ、コンブチャなど、日本では馴染みの薄い発酵食品のレシピも充実。
- 『発酵は力なり 食と人類の知恵』
- 小泉武夫 (NHKライブラリー)
著者は醸造学や発酵学を専門とする東京農大の名誉教授で、100冊を超える発酵にまつわる著書を持つ発酵研究の第一人者。NHKで放映された番組をもとに、古今東西の発酵食品にまつわるエピソードをわかりやすく紹介。発酵食品のアウトラインを知るには最適。
- 『おうちでかんたん こうじづくり』
- 小倉ヒラク&コージーズ (農文協)
付録のDVDに合わせて歌って踊っているうちに、自然と麹の働きや作り方が身につくという画期的な本。かわいらしいイラストが菌の世界に親近感を抱かせてくれる。麹、甘酒、調味料など、ベーシックな発酵食品のつくりかたがイラストや写真付きで解説されている。