トラベルカルチャー雑誌 『TRANSIT (トランジット)』の加藤編集長と、『BIRD(バード)』の林編集長による人気連載企画。今回は林編集長が、女性向けアウトドア雑誌『Hutte(ヒュッテ)』の創刊に携わり山にまつわる著書も多い編集者・小林百合子さんをゲストに招いた対談が実現。暮らし方にもつながる旅の話をお届けします。
林: 小林百合子さん、といえば、雑誌『Hutte』の編集をはじめ、山小屋や山道具の書籍の編集・執筆に携わっていて、アウトドアの印象が強いです。もともと山登りやアウトドアが好きで編集の仕事を始められたんですか?
小林:もともと文章を書く仕事には携わりたいと思っていて、学生時代は『BRUTUS』の編集部で編集アルバイトをしていました。海外旅行はよくしていましたが、旅行といっても、パリやロンドンといったヨーロッパを中心に旅するような、いわゆる“オリーブ少女”だったんです。山登りやアウトドアはしたことがなかったし、興味もありませんでしたね。
林: :意外ですね!オリーブ少女がアウトドアや自然に興味をもったきっかけはなんだったんでしょう。
小林: 大学卒業後に新卒採用でTV番組の制作会社に入社したんです。そこで野生動物や環境問題に関するドキュメンタリー番組の制作に配属されました。奥多摩でツキノワグマの生態を1年間かけて調査するような…。当時はアウトドアにも興味がなかったし、重い機材を背負って奥多摩の山の中に入っていくことは苦しさしかなかったです。
林:ただでさえ山道を歩くのはたいへんなのに、機材を携えてとなると女性にはかなりの苦行ですね…。
小林: そうなんです。でも、野生動物に対する興味やTV番組を作る仕事のやりがいは感じ始めていました。ところが、入社4年目にバラエティ番組に配属が変わってしまって…。やりがいを見失い、会社を辞めました。そのあとNYの大学でジャーナリズムを学んだりしたのですが、やっぱり自然や動物のことをもっと知りたいと思い立ってフェアバンクスのアラスカ大学に通うことにしたんです。
林:野生動物の研究というとかなり専門的な分野ですよね。何かしら仕事に活かそう、という具体的な目標なり思惑はあったんですか?
小林:いえ、人生の楽しみとしてですね。深くは考えていませんでした(笑)。ただ、当時もやはり本を作る仕事には携わりたいと思っていたので、帰国後に図鑑や自然関連の書籍を扱う出版社を受けて、山岳図書を専門とする版元にお世話になることになったんです。
林: やはりアラスカではアウトドアを楽しむ機会が多かったのでしょうか。
小林: アラスカでは極貧だったので、半年ほどですが知人宅の庭にテントを張って暮らしていました。毎日がアウトドアのようなものですね、生活としての野営です(笑)。いわゆるキャンプを初めてしたのは、デナリ国立公園です。
林:オリーブ少女からアラスカでのテント暮らしという華麗なる(?)転身!アウトドアに親しむ環境が次第に揃っていったなかで、『Hutte』創刊にいたった経緯を教えてください。
山頂を目指すだけが登山ではない。山登りもひとつの「旅」のかたち(小林)
小林: 山と渓谷社の『ヤマケイJOY』(現在は『ワンダーフォーゲル』という名前に変更)という雑誌で山小屋の本棚をめぐるという企画を提案したんです。“山小屋の本棚の写真を裁ち落としで使用する”という、それまでの山雑誌にはないすごく文化的なアプローチのページでした。その企画が話題になったことと、ちょうど女子の登山ブームが重なり、女性向けの山雑誌を一冊作ってみないかという話をいただいたんです。
林: それまで登山・アウトドアの雑誌というと、とても真面目で格式が高く(ちょっと野暮ったくて…)、専門分野の域を出ているものが少なかった印象です。『Hutte』の企画を考えるなかで、意識していたことはありますか?
小林: 登山をする人のための雑誌という位置づけではありますが、山登りといっても目的は山頂を目指すためだけではないと思っています。山小屋の本棚をめぐるのもそうですが、花が咲く季節には花が見られるルート、朝食のおいしい山小屋を目指す山行もあっていいと思っています。旅にも人それぞれ目的があると思いますが、まさに、ひとつの「旅」としての山登りを提案できたらと思っていました。
林: 『Hutte』は山やアウトドアのその周辺の楽しさを掘り下げてくれていたので、よい意味で登山のハードルを下げてくれたと思っています。近著の『一生ものの、山道具』という本も、ただ道具のスペックを紹介するようなカタログではないですよね。機能的であるとか実用性が高いといったことはもちろんなのですが、著者のモノへの愛が詰まっているし、登山好き以外の読者にも楽しめるような内容です。
小林: モノへの接し方や使い方は人それぞれ。それが面白いかなと思っています。家の中のものを外で使ったり、外のものを家で使ったり、自分で工夫したり、発見する楽しみがありますから。
林: 今回お持ちいただいた「旅の必需品」は、アラスカへの旅を念頭に選んでいただいただきました。
小林: 学生時代は旅が好きで、いろんな国でたくさんのものを見て吸収したいと思っていたのですが、もうアラスカ以外の土地に行かなくてもいいや、と(笑)。本当に自然が圧倒的すぎて、夏も冬もほぼ毎年訪れているのですが飽きないですね。一生かけて旅したいと思える土地に出会えるのはすごく幸せなことだな、と思います。
林: 旅の荷物と山の道具は、使い分けていますか?
小林: 旅と山に関しては本当に境界線がないので、山へ行くときとあまり変わりはありませんね。山で使っていてとても便利なものを、旅でおおいに役立てています。
林: アウトドアの道具は何より軽くてコンパクトで機能的、最近のものは見た目にもお洒落ですしね。私も参考にさせていただきます。今日はありがとうございました。
- #01炊事道具
- 「取っ手が外せるアルミ鍋と1人用のストーブ、マッチ、折りたたみ式のお箸。これで何でも作れます」
- #02スタッフサック
- 「下着入れに便利なスタッフサック。中央に仕切りがあって色で着用前後を使い分けています」
- #03カメラ
- 「コンパクトフィルムカメラ。カメラケースは『RAIPEN』のザックの余り生地を使った小物入れ」
- #04Tシャツ
- 「『Icebreaker』の100%メリノウールTシャツ。1週間のロングトレイルでも無臭をキープ!」
- #05救急セット
- 「薬などが入った救急セット。靴紐にも洗濯紐にもテントの張り縄にもなるロープは必需品」
- #06折り畳み傘
- 「『Snow Peak』の折り畳み傘は細くて軽量。レインウェアが苦手なので山でも必須です」
- #07サンダル
- 「『KEEN』のサンダル。水陸両用なので、登山でもカヤックでも履き替える必要のない優れもの!」
- #08ウィンドブレーカー
- 「『THE NORTH FACE』の極薄ウィンドブレーカー。ポケッタブルなので持ち運びにも◎」
- #09コンプレッションバッグ
- 「コンプレッションバッグ。ダウンなど、厚めの衣類もコンパクトに圧縮できます。旅行にもおすすめ」
林紗代香
編集者。1980年岐阜県生まれ。『NEUTRAL』に創刊時より参加。その後いくつかの雑誌編集部を経て、『TRANSIT』に参加。2013年女性向けトラベルカルチャー誌『BIRD』リニューアル創刊、編集長を務める。8号「自然と遊ぶフィンランドの暮らし」特集が発売中。
http://transit.ne.jp
小林百合子
編集者。1980年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、アラスカ大学フェアバンクス校で野生動物学を学ぶ。出版社勤務を経てフリーランスに。山岳・自然をテーマに雑誌や書籍の編集を手がける。共著に『一生ものの、山道具』(パイインターナショナル)『山と山小屋』(平凡社)など。