トラベルカルチャー雑誌 『TRANSIT (トランジット)』の加藤編集長と、『BIRD(バード)』の林編集長による人気連載企画。今回は加藤編集長が、同誌だけでなくさまざまな媒体で活躍中の写真家・谷口京さんをゲストに招いた対談が実現! 仕事仲間として10年以上の付き合いがあるおふたりによる、興味深い旅の話をどうぞ。
いま考えると、お互いよく続いているなって思う(加藤)
加藤: 取材に行ったら旅の話ではなくていつも仕事の話になるよね。だから、ここでは旅の話をしたいなと思って。最初に会ったのは、谷口くんがニューヨークから帰ってきてすぐくらい。
谷口:2004年の春に帰ってきて、本屋にふらっと入ったら『NEUTRAL(ニュートラル)』の創刊号イスラム特集が並んでいて。すぐに本屋から編集部に電話したんだよね。最初はすごくぶっきらぼうに「ポートフォリオ送って」って言うから、「ちょっと待った、一度会ってくださいよ」って(笑)。それから写真を持って行って、すぐその場で企画の話になった。
加藤: 最初はひとりで旅して撮影してもらってたりしてね。それが『NEUTRAL(ニュートラル)』の2号目くらいだから、かなり昔からやってもらっている感じがする。あの頃、まだお互い仕事をバンバンやっている時期でもなかったし、いま考えるとよく続いているなって思う。潤沢な予算があったわけでもないから、コーディネーターも付けずにふたりで行って、レンタカーも自分たちで借りて運転して、ホテルの部屋も一緒。だから密な取材ができたし、学生時代の旅みたいだった。そういえば、谷口くんは大学の卒業制作も旅がテーマだったよね。
谷口: そう、ロバート・フランクやデニス・ホッパーが好きだったからアメリカを放浪していたんだ。ニューヨーク時代も、仕事してお金を貯めては旅に出ていた。アメリカからだと、ヨーロッパも南米もアフリカも近いからね。
加藤:僕はもともと白夜書房っていう特殊(笑)な会社にいて、最初はインテリアの雑誌を作っていて。学生時代にインドに行ったくらいで言葉もあまりできないし、基本的にはダメ野郎だったんです。だから、初期の頃は旅慣れたカメラマンに付いて行くっていうスタンスで(笑)。谷口くんは英語もできるし、旅のアレンジをほとんどお願いしてた。『NEUTRAL(ニュートラル)』でのアフリカ取材も、僕がマニュアル車に慣れていないから運転までしてもらって。モデルのブッキングもお願いして…。
谷口: やったよね(笑)
旅=日常だし、写真も日常だからそこに境界線はない(谷口)
加藤: 仕事での旅は、大義名分があるから人にも話しかけやすいじゃない? でも、ひとり旅のときは、記録しようと思わなければ撮影もしないと思うんだけど。以前、写真を撮るタイミングの話をしていたときに、谷口くんが「すごい綺麗な風景に出会ったときは、写真を撮るよりもそれを見ていたい」って言っていたことがあるんだけどすごくそれが印象的で。旅と仕事の違いってどこにあるのかな?
谷口: 二十歳でパスポートを手にして以来、世界中を回っていたんだけれど、余りにも美しい情景を見た時に「どうして俺は写真を撮っているんだろう?」って思う事があったんだ。目で見て、肌で感じて、そこで涙を流して感動していればいいのに、自分は写真を撮っている。写真にオブセスド(脅迫概念)されている。アフリカ取材のときも、無言でジ〜ッと景色を見ている加藤くんを羨ましいなって思ってたんだよね。でも、いまはそういう感情は全くない。写真を撮っていて楽しい。旅がしたいから写真家になったのだから当然だよね(笑)。
加藤: プライベートの旅でも撮るの?
谷口: 旅=日常だし、写真も日常だからそこに差はないかな。そこに境界線はない。
加藤: 僕はプライベートな旅のほうが大変な気がする。特に家族旅行とか苦行で(笑)、誰かをアテンドするって結構大変なことだから。ひとりとか友人との旅なら、何かトラブルがあっても面白さに転化できるけど、家族旅行だと減点にされちゃう。でも、これからは子どもと旅するのが楽しみなんですよ。よく思うんですが、仕事で旅して原稿書いて写真を撮ってというのは、すごく恵まれているなって。だから、できる限り旅に慣れないように心がけていて。それは谷口くんともよく話すこと。感動するというか、感じやすい状態に自分の状況を過剰にしておかないと旅をしたい人に失礼だと思う。谷口くんはその感覚が守られていて、すごくドラマチックでいい写真を撮る。「あぁ、これこれ、これよ!」ってダイレクトに伝わってくる。それって誌面にしたとき読者に伝わるものだから。でも、苦しいことも多いよね。この前のロシアはガイドが酔っ払いだったし、とにかく寒いし。
谷口: マイナス10〜15℃は普通だったからね。
加藤: カメラマンのほうが寒さに強いと思うんだけど。
谷口: 気持ちが入り込むと、寒さを忘れるんですよ。
なぜカメラを向けているのかを何かしらで伝えなきゃいけない(谷口)
加藤: 最新号では、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をなぞりながら、かつて樺太と呼ばれていたサハリンに行ったんだけど、谷口くんには人が寄ってくるよね。俺にはひとりも寄ってこない(笑)。女の子もいい表情をしてくれるし、あれはやっぱり人間が持っている雰囲気なのかな?
谷口: 言葉の通じない国はアイコンタクトしかないからね。自分では意識していないけど、それは後から身についたものなのかも。カメラを人に向けてシャッターを切るほど失礼なことはないから、常に相手へのリスペクトは必要。なぜカメラを向けているのかを何かしらで伝えなきゃいけない。目で「超かっこいいよ!」とか。旅を重ねるうちに自然と身についたのかも知れないね。
加藤: この雑誌はテーマが重要で、そこに旅がくっついている感じだけど。
谷口: 『TRANSIT(トランジット)』で行くときは、勉強しているふりをして、あまり情報を入れずに行っているんだよね。まっさらな状態で、どんどん空気感を掘り下げていく感じ。そこで掴みながら、自分の知識と照らし合わせながら解釈していく。現地で知識を裏付けしながら世界を構築していくというか。そういう意味ではサハリンはすごく面白かった。
加藤: あそこは激戦地だったんだなっていうのが、何もない風景だけど伝わってきた。何をするわけではないけど、かつて日本領でいまも何万人かの日本人が埋まっている土地が、北海道と目と鼻の先にあることを知ってもらえればうれしい。そういう静寂の世界があることを説教臭くなく作りたかったんです。
谷口: 文章は苦労したの?
加藤: いや、書き始めたら早かった。現代の中学生の目線で書こうと決めてからすんなりとストーリーが作れた。
谷口: そうきたかって思ったし、面白かった。
魚が氷の上に放たれたとき、すごい世界観だなって思ったよ(加藤)
加藤:旅の感じを網羅しつつ、宮沢賢治も入れて。でも、日本は戦争とかもあったからどこを軸にするかで迷ったけど。写真がファンタジックだから、硬くてテクニカルな原稿にすると行きたくなくなるだろうなって。でも、魚が氷の上に放たれたとき、すごい世界観だなって思った。
谷口: うん、すごかったね。僕は気づかなかったけど、氷の下が銀河のようになっていることに加藤くんが気づいて。
加藤: その穴に足を取られて落ちたんだけどね。超寒かった。
谷口: 腰まで水に落ちていったからね…。
加藤: あの寡黙なロシア人たちが「大丈夫か!?」って寄ってきたくらいだから(笑)。そうそう、谷口くんてラグジュアリーな女性誌もやってるじゃない? どっちの世界が好きなの?
谷口: どっちも好きだよ。中庸が一番嫌い。
加藤: それにしてもいつも旅ではボロいホテルですまん!(笑)。ロシアの一軒目とか、人の愛情が一切感じられないホテルだったじゃん…。
谷口: 最悪だったね、あそこ。
加藤: 突っ立ってるだけのドアマン。あれがロシアの田舎の本質っていうか。古いとかじゃないよね、人の手が入っているかどうか。料理とかも高いとか安いじゃなくて。極寒のログリキ(サハリン島の北の果て)にあった古い食堂、あれすっごく美味くなかった?
谷口: 美味かった。
加藤: ボロいんだけど手をかけて綺麗にしているし。料理もちゃんと作ってるっていうか。
谷口:確かウズベキスタンが故郷の主人だよね。遠いところから流れ流れていつきたかわからないけど。駅前の小さな食堂を切り盛りしてて、そこで食べたボルシチの美味かったこと。安いホテルでもどんなところでも、そこで働いている人がハッピーなところならいいんだよ。その場を愛しているから居心地がいい。その逆はどんな高級ホテルでも嫌だな。
- ティーキャンドル ランプ
- 「ロウソクの明かりがひとつあるだけで、どんなチープなホテルの部屋も上質な空間になるんです」
- スキットル
- 「これも常に持っていきますね。ウィスキーを入れて、寒い場所はもちろん、いい風景の場所でグビッと」
- カシオ F-91W
- 「この腕時計は日本が誇る名品ですよ。手頃なので、旅先で気軽に人にあげることもできます」
- コーヒー&マグカップ
- 「コーヒーが欠かせないタイプなんで、チタンのマグカップと一緒に持ち歩いています」
- ワインオープナー付き十得ナイフ&カラビナ&錠前
- 「ワインオープナー付きなのがポイントですね。コード付きのカラビナもあるとランプなども吊るせて便利です」
- ヘッドランプ
- 「普通のライトとしても使えますし、ヘッドランプにもなる。5000〜6000m級の山に登ることもあるので」
- 地図
- 「旅先では、いい地図を買うようにしています。標高が読めれば、どこに行けばいい風景が撮れるかわかるんです」
- パスポート&祖父の写真
- 「常に初心に戻るために戦時中の祖父の写真を持っています。生きて帰れることに感謝しながら、気を引き締めているんです」
- 絵ハガキ&ペン
- 「現地の絵ハガキは見つけたら買うようにしていますね。気分が乗ったらそこから手紙を出したりします」
加藤 直徳
1975年東京生まれ。編集者。出版社で『NEUTRAL』を立ち上げ、現在はeuphoria FACTORYに所属。トラベルカルチャー誌『TRANSIT』の編集長を務めている。最新27号「美しきロシアとバルトの国々」が絶賛発売中!
www.transit.ne.jp
谷口 京
’74年京都生れ。日本大学芸術学部写真学科卒。宮本敬文氏に師事後、NYにて独立。’04年東京に拠点を移し現在に至る。写真家としての活動の傍ら、アフガン復興支援や環境保護など、社会的活動にも積極的に参加している。
http://keitaniguchi.net/