Spectators Evergreen Library vol.7 緑色世代の読書案内 Spectators Evergreen Library vol.7 緑色世代の読書案内

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SHIPS'S EYE

SHIPS MAG読者のみなさん、こんにちは。『スペクテイター』編集部の青野です。

先頃発売になった『スペクテイター』最新号、『ホール・アース・カタログ』特集《後編》(30号)は、もうご覧いただけましたか?

70年代にアメリカをはじめ世界中の若者を熱狂させて250万部を超えるベストセラーとなり、スティーブ・ジョブズも生涯の愛読書の一冊にあげていた伝説の出版物。その知られざる真実に迫った総力特集号です。

今回の連載では、最新号の発売に因み、本誌に掲載しきれなかったエピソードを紹介します。 絶賛発売中の最新号、その前篇として昨年発売した前々号(29号)とあわせてご覧いただき、ホール・アース・カタログが伝説と呼ばれる理由を知ってもらえたら幸いです。

ロイド・カーン

1935年カリフォルニア州生まれ。1969年から70年まで『ホール・アース・カタログ』シェルター部門の編集者として活動。
著書『ホームワーク』(ワールドフォトプレス)

スチュアート・ブランド

1938年イリノイ州ロックフォード生まれ。1968年から72年まで『ホール・アース・カタログ』を編集発行。現在は地球温暖化問題に取り組む。
著書『地球の論点』(英治出版)

ケヴィン・ケリー

1952年ペンシルバニア州生まれ。1984年から『ホール・アース』プロジェクトに参加。『WIRED』創刊編集者。近著に『テクニウム』(みすず書房・6月刊行予定)

ハワード・ラインゴールド

1947年アリゾナ州ツーソン生まれ。1990年から『ホール・アース』プロジェクトに参加。『The Millennium Whole Earth Catalog』編集長。
著書『スマート・モブズ』(NTT出版)

  • 『ホール・アース・カタログ』創刊号(1968年)は、バックミンスター・フラーの紹介ではじまり、易教の礼賛で終わる構成。大判の誌面に数百の項目がカタログ化され、「地球をあらたにつくりなおすための教科書」として創刊された

  • 『ホール・アース・カタログ』は、コミューン生活に参加しないまでも、そのような環境やカウンターカルチャーにあこがれる都市生活者のファンタジーを刺戟してベストセラーになった

  • 初期の『ホール・アース・カタログ』は、ブランドを含めた二、三人のスタッフでデザインし、タイプし、宣伝なしで販売していた。

  • ブランド自身もトラックを改造した動く小屋に住み、土地から土地へ移動し、退屈するとつぎの湖や湖畔に移り住む生活をしていた

  • 『ホール・アース・カタログ』創刊号は、書名に「カタログ」と付けられていたので、カタログの郵送について郵便局から「第二種郵便」の認可を拒否されたり、大きさが並ではなかったので書店から委託販売を拒否された。そこで「ブックピープル」と呼ばれ、特殊な印刷物のみを扱うディストリビューターに配本を依頼した(1971年3月からは『Reality』誌が半分の販売を請けおってくれた)

  • 『ホール・アース・カタログ』に登場してくる人物はほとんどが、WASPに代表されるアメリカ社会のエスタブリッシュメントを形成する、大学教育を受けたアングロサクソン系白人という印象。黒人、アジア人、ラテンアメリカ系などは、あたかも無視されているかのように登場してこないし、女性の登場もきわめて少ない

  • 『ホール・アース・カタログ』は、読者からの情報提供を受けつけていて、掲載されたレビューに対して10ドルが支払われた。ただし1970年秋号まではそれも無料で、レビュアーの氏名が掲載されるだけだった。読者は自分たちがそのカタログのコミュニティの一部になっているように感じていた

  • ブランドは、自分がカタログをつくるのではなく、適材適所の人間を集めてきて担当させ、それを対角線のように組み合わせて編集していった。それは西海岸における出版のニューウエーブと呼ばれ、確実に、ある一定の若い読者を獲得した

  • 『ラスト・ホール・アース・カタログ』(1971年)には、まだ商品として存在していなかったパーソナル・コンピューターさえも道具として紹介されていた。アップルのマッキントッシュが出現する12年前のことだった

  • 西洋人の意識にとってサイケデリックドラッグが非常に重要な意味をもつことになるだろうと予言していたのが英国の作家オルダス・ハクスレー。彼がみずからのメスカリン体験を描いた『知覚の扉』は、ロックバンド・ドアーズのバンドネームがそこから採られているように、カウンターカルチャーのひとびとに大きな影響を与えた。同書は『ホール・アース・カタログ』創刊号(1968年)に掲載されていた

  • 『ホール・アース・カタログ』初期に登場してくる思想家にイヴァン・イリイチがいる。イリイチはエコロジー運動に深い思想的影響力をあたえた人物で、産業社会のラディカルな否定としてコンヴィヴィアル(相互自律的)社会のイメージを提出。彼は男性でありながら女性解放思想を導入していたことでも知られている

  • 詩人ゲイリー・スナイダーは『ホール・アース・カタログ』1969年9月号に「地球の上を軽く生きる」と題するエッセーを寄稿している。内容はボヘミアンでありながら農民になる意思を要約したもの

  • 初期の村上春樹の文体にも影響を与えた作家リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』(晶文社)が『ホール・アース・カタログ』にノミネートされていることは有名な話だが、ブランドがブローティガンに、読者からのフィードバックや補足情報を掲載する薄いパンフレット『Supplement of Whole Earth Catalog』(1971年3月号)の編集を依頼したが、風変わりな小説を執筆中とのことで実現しなかったという話はあまり知られていない。(結果、『カッコーの巣の上で』作者ケン・キージーと『Realist』編集長ポール・クラスナーの共同編集に)

  • 『CoEvolution Quartely』を発刊してまもなくは購読者数がすくなく、四半期の財務内容が数期にわたり問題をかかえていた。そのとき、ある篤志家の読者が2万5千ドルの小切手を編集部に送り助けてくれた(マイケル・フィリップス、サリー・ラズベリー『正直なビジネス』スタートビジネス・1999)

  • スチュアート・ブランドは『ホール・アース・カタログ』に毎号、印刷コストから出版委託のコストなどを含めて、完全な財務データを掲載し、利益と損失のバランスシートを公表してきた。同誌から派生した『CoEvolution Quartely』『Whole Earth Review』も同様に、毎号キャッシュフローを載せることによって、財務内容をオープンにして経営された

  • 『ラスト・ホール・アース・カタログ』に「CHOFU」のクレジットで1ページ掲載された「Four Seasons」というテキストはゲイリー・スナイダーの執筆によるもので、1970年代初頭のアメリカでエコロジー運動の古典となった。日本では片桐ユズル氏により「四易(しえき)──人口・汚染・消費・受容──」として『思想の科学』1971年12月号および『宝島』に訳出され、一時期は海賊版も刊行されていたと聞く

  • 『ホール・アース・カタログ』が1971年刊行の「最終版」(初版20万部、2刷10万部)で総計160万部のミリオンセラーになって以来、世界中で専門書と道具類を集めた類似書が100種以上刊行された。『The First New England Catalog』『The Good Earth Catalog』『The Woman Source Catalog & Review』『Exploler`s Source Book』『The Whole Birth Catalog』『The Whole Mars Catalog』『The Whole Sex Catalogue』『The Whole Kids Catalog』『The Whole Heaven Catalog』『The Whole Toon Catalog』『The Whole Word Catalogue』『People`s Yellow Pages』『The New Catalogue of Catalogue』………

  • 建築家・石山修武は1968年、サンフランシスコで見つけた『Dome Cookbook』という本を読み、同書をマニュアルとして渥美半島に木造のドームを製作した。出来上がって驚いたのはジョイント部分からジャージャーと雨が漏ることだった。すぐに『ドーム・クック・ブック』や『ホール・アース・カタログ』の編集者やドーム建設の経験者たちに問い合わせの手紙を出したという。すると、ただちに届いた返信のほとんどが、石山の手紙の裏面を利用して書かれていて、「雨を恐れてはいけない」とあったそうだ(石山修武『「秋葉原感覚」で住宅を考える』晶文社・1984

  • 「カメレオンを鏡の前に置くと何色になるか」──スチュアート・ブランドは1970年代のはじめ、英国人の人類学者グレゴリー・ベイトソンに、このような謎なぞを投げかけた。「カメレオンがつくりだせる色の幅の中間値に落ちつくだろう」というのがベイトソンの意見で、「カメレオンは自分の姿を隠そうとして、いつまでも体色をくるくる変えつづけるでしょう」とブランドは主張した。この謎なぞは『ラスト・ホール・アース・カタログ』に掲載された(ケヴィン・ケリー『「複雑系」を超えて』アスキー・1999年)

  • 『ホール・アース・カタログ』初期の「ガーデニング」および「建築」項目の編集者だったロイド・カーンが現在、出版社シェルターパブリシングを構えるBolinas(ボリーナス)は、サンフランシスコからクルマで北へ1時間ばかりの、小さな入り江に位置する閑静で美しい町。同地は昔からクジラ漁の根拠地として知られ、木造の捕鯨船がつくられていた

  • 人類学者グレゴリー・ベイトソン35年間の論文集が1971年に出版されるとスチュアート・ブランドは『ローリングストーン』に書評を書いた。1974年刊行された『Whole Earth Epilog』でベイトソンは数百の見出しのひとつに収まっている。ベイトソンは季刊誌『CoEvolution』にもしばしば登場するキーパーソンのひとりだった

  • 『ホール・アース・カタログ』の刺戟は、日本において『TAU』(商店建築社・1971?1973年)というB4大判のビジュアル建築雑誌も産み出した。同誌は津村喬氏、柏木博氏、松山巖氏らが執筆。アートディレクター・木村道弘

  • スチュアート・ブランドは『ホール・アース・カタログ』を編集するにあたり、サンフランシスコ湾岸地帯サウサリートの港に係留し、住まいとして船上生活していた「Liberty」という古いハウスボートを陸に引き揚げて改造をほどこし、1973年から編集室につかっていた。そのボートは『Whole Earth Review』の編集室、WELL(『ホール・アース・カタログ』から生まれた通信ネットワークサービス)の事務所としても機能し、2014年現在もブランドの事務所として機能している。1982年以降ブランドが生活しているボートの名前は「Mirene」

  • 『ラスト・ホール・アース・カタログ』(1971)は『ホール・アース・カタログ』の改訂版で、同時に創刊以来3年分の総集編という意味をもつ出版物。ブランドはプロジェクトの人気絶頂期にこの「最終版」を出して中止にしてしまった(のち1974年に『Whole Earth Epilog』として復刊)。休刊していたが、メール・オーダー・サービス部門は存続していた

  • 『ラスト・ホール・アース・カタログ』には「Spirit」(精神生活)という項目があって、仏教やサンフランシスコ禅センターが紹介されている。ここで取り上げられた『禅マインド ビギナーズ・マインド』(原著は1970年刊)は、スティーブ・ジョブズが青春時代むさぼり読んだバイブルとして有名になり、日本でも新訳で再刊された

  • 『ラスト・ホール・アース・カタログ』はミリオンセラーになり、その印税収入100万ドルは「ポイント財団」(『ホール・アース・カタログ』の発行母体)に寄付された。この財団は1971年に国連がストックホルムで開催した世界最初の環境問題フォーラムに、巨額の資金援助をおこなった(スチュアート・ブランド『地球の論点』英治出版・2011年)

  • 「ガイア仮説」を発表したラブロックは機械類が苦手なのだそうで、スチュアート・ブランドとゲイリー・スナイダーとは次のような会話を交わしている。「『チェーンソーは水爆より危険な発明だ』というわたしのことばにショックを受けた彼らは、憮然とした表情を隠さなかった。わたしから見ると、チェーンソーというのは百年かけて育てた木を数分で切り倒してしまうぶっそうな代物にほかならなかった」(J・ラブロック著、スワミ・プレム・プラブッダ訳『ガイアの時代』工作舎・1989)

  • 『The NEXT Whole Earth Catalog』(Random House、1980年)の裏表紙には、英国の科学者ジェームズ・ラブロックの「ガイア理論」が紹介されている。ラブロックは1979年、地球の物質組成とその流動のようすを知るには、地球全体をひとつのホメオスタティックな生命システムとして考える必要があるという立場を打ち出した

  • 『The NEXT Whole Earth Catalog』には「Whole Systems」の項目に「宇宙植民」テーマが登場。あらゆる角度からスペースコロニーの必要性を提唱している。スチュアート・ブランドは1977年、宇宙植民について一冊にまとめた『SPACE COLONIES』を出版

  • アメリカで2005年のハリケーン・カトリーナ襲来のあとに、デザインや建築を学んでいる学生たちがニューオリンズ周辺で廃材で家具をつくり、それを被災者に提供する活動がおこなわれた。これは『ホール・アース・カタログ』に掲載された「Mad Houser Hat」(廃材利用で小さな小屋を都市のなかに沢山つくり、ホームレスが住めるようにするアイデア)を応用したもの(『GRAPHICATION』柏木博氏の発言より)

  • イラストレーター小林泰彦氏による紹介によって70年代の男性ファッション界で有名になった言葉「ヘヴィ・デューティ」だが、『Whole Earth Catalog』1969年版のなかでも「丈夫で長持ちするアイテム」の意味で使われていたようだ

  • 『Men`s Club』誌で1970年代に連載されていた小林泰彦「ほんもの探し旅」が2014年3月ヤマケイ文庫から復刻刊行された。「あの『ホール・アース・カタログ』に出ているものは、これはアメリカ人が考える本物だなとも思った。あれの日本版をやろうとしたのが「本物探し旅」。わたしができる『ホール・アース・カタログ』は、あのやり方しかなかった」(小誌28号インタビュー)

  • ブランドが創刊した『CoEvolution Quarlety』『Whole Earth Review』は、ポピュラー・エコロジー、ニューサイエンス、コンピューター哲学を扱っていた専門誌。米西海岸を代表するカウンターカルチャーの申し子のような季刊誌で、グレゴリー・ベイトソンの思想を全面的にフィーチャーしていた

  • 同誌は地球環境、遺伝子工学、精神世界、文化やアートの問題まで、時代が抱える問題を積極的にとらえた特集をおこなっていた。業績は「ヴァーチャル・コミュニティ」(1988年)、「ヴォーチャル・リアリティ」(1989年)、「人工生命」(1991年)という三つの知的運動をいち早く取り上げたことだろう。いずれもハワード・ラインゴールド編集長時代の企画

  • 『CoEvolution』および『Whole Earth Review』は、同誌の運動の支持者として長期購読者の氏名を巻末に記している。ロンドンの音楽家ブライアン・イーノは同誌の終身購読会員だった

  • NTT出版が刊行していた雑誌『Intercommunication』(9号、1994年夏号)にケヴィン・ケリー+ブライアン・イーノ「思考不能未来」(浜野アキオ訳)が翻訳掲載されているが、これらは『Whole Earth Review』の初出(1993年)を再録したもの。内容はブランド、ケリーらが参加する未来創案のためのワールドウォッチ研究所「グローバル・ビジネス・ネットワーク」(GBN)において交わされた「21世紀未来について」のオンライントーク集

  • 『ホール・アース・カタログ』の発行元ポイント財団のメンバーであり、現在スチュアート・ブランドと前出「グローバル・ビジネス・ネットワーク」を組織する未来学者ピーター・シュワルツの著書が邦訳されている。『シナリオ・プランニングの技法』(東洋経済新報社・2000年)。ピーターは元平和部隊に参加していた人物で、グレイトフル・デッドやピーター・ガブリエルといった音楽家とは友人関係にあるそうだ

  • ケヴィン・ケリーの邦訳書『「複雑系」を超えて』(アスキー・1999年)は、ウォシャウスキー兄弟が映画『マトリックス』を製作する際にキャストに読むように指示した三冊の本のなかの一冊だった

  • アメリカでスミス&ホーケンという農業商品の通信販売会社を経営するポール・ホーケンの著書『ビジネスを考える』(バジリコ・2005年)によれば、同社の「顧客サービスの原則」という小冊子をスチュアート・ブランドが見つけたことにより、雑誌記事になって、のち書籍で出版された。これまでに著者が書いたどの記事よりも読まれたという。ホーケンはポイント財団評議員のひとり

  • 自然科学書で名高い出版社の工作舎から1993年頃から、地球、生命、軍事、アメリカ民俗学、デザイン論、おなら論、死など、地球がかかえる問題点の解決を模索した『CoEvolution Quarterly』からの傑作記事の集大成『ガイア年鑑』(仮題、原著『Ten Years of CoEvolution』スチュアート・ブランド+アート・クライナー著)が、近刊予告として発表され、セラピスト吉福伸逸氏監訳のもとに進められていた。しかし同氏急逝のため残念ながら未刊に

  • ジョン・ブロックマン編『2000年間で最大の発明は何か』(草思社・1998年)は、編者が主催する「Edge」のメーリングリストで発した質問に対する返答集。ホール・アース関係者としてスチュアート・ブランドと、超並列コンピューターの開発者ダニエル・ヒリスが掲載されていて、それぞれ「キリスト教とイスラム教」(ブランド)、「時計」(ヒリス)を挙げている

  • 『地球の子供たちのノート』(ルック社・1976年)という本には「東大の高橋徹先生を中心にホール・アース風の日本版カタログを作ろうと計画中」の記述あり。ニュースの出典は青山にあったコミューナルなお店「地球の子供たち」を刊行していた「子供たちから子供たちへ INFORMATION! 」1975.7.20から。この「日本版カタログ」が浜田光氏らの手により『やさしいかくめい』(プラサード編集室、草思社発売・1978)になった

  • 音楽家ブライアン・イーノは著書『A YEAR』(PARCO出版・1998年)において、「この日記全編を通じて交わされる非常に重要な会話がある。1つは妻のアンテアとの会話。…もうひとつはスチュアート・ブランドとのもの」とある

  • 『Whole Earth Review』♯69(1990冬)は日本特集。ひさうちみちお「不幸」、サトウサンペイ「フジ三太郎」、中尊寺ゆつこ「お嬢だん」などのマンガが紹介されている。日本のロックバンドとして、サロン・ミュージック、ザバダックが紹介

  • 『Fritz The Cat』などで世界的に著名なコミック作家ロバート・クラムは『ホール・アース・カタログ』長年の愛読者。「Whole Earth」(2002年秋号)にはLETTERSコーナーにクラム投稿記事が見られる。「長年読んでいる。世界のベスト雑誌の一冊だ」

  • MITメディアラボ4代目所長・伊藤穣一は、1993年、武邑光裕との対談において、『The Millenium Whole Earth Catalog』(1994)について、次のように発言している。「…いま『ホール・アース・カタログ』という世界中の情報を集めたカタログの最新版を作っているんですよ。僕がやってるのは秋葉原の情報とか、日本でインターネットできる会社のリストとかです。そういうサイバーパンク的な世界を動くための情報を大いに取り込んでいます。『(ホール・アース)レビュー』のエコロジー寄りなところから変わってきたんですよ」(『Studio Voice』8月号・特集ニューエッジ)

  • 『スペクテイター』の「立体読書」寄稿者でもある坂口恭平氏は学生時代、60年代カルチャーを調べていくうちに『ホール・アース・カタログ』に出会い、同誌を読んでバックミンスター・フラーとバーナード・ルドフスキーというふたりの異色建築家の存在を知ったそうで、つぎのように語っている。「まるでその人間の頭脳を視覚的に印刷したかのようですらあった。同時に読者ひとりひとりの変革をうながす火薬庫のようであった」(『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』太田出版・2010年)

  • 『ホール・アース・カタログ』創立者スチュアート・ブランドの父親はアマチュア無線の世界で活躍する人物だった。1920年代のはじめにアマチュア無線家たちが最初におこなったことは、短波受信機をつうじたコミュニケーションがいかに適したものかを政府に証明してみせることだった

  • スチュアート・ブランドは現在、自分の肩書きを「編集者、あるいはインプレサリオ」と呼ぶ。「インプレサリオ」とはラテン語から派生したことばで、元々はオペラのプロデューサーのことをさし示すそうだ。オペラのテーマを設定したり、役者やスタッフをキャスティングしたり、舞台美術や音楽を選んだり、演目の宣伝プランを考えて、広報について指示したり、最終的にオペラを成功に導く人、そういう役割を「インプレサリオ」と呼ぶのだという

  • 『ホール・アース・カタログ』創刊号(1968)のスチュアート・ブランドによる有名なマニフェスト「我々は神のようにふるえるようになるかもしれない」(``WE ARE AS GOODS AND MIGHT AS WELL GET GOOD AT IT``)は、じつは同年(68年)刊行された英国の人類学者エドマンド・リーチの同じような以下の文章を下敷きにしていおり、『Whole Earth』(♯95・1998年冬号)創刊30周年記念号で自ら``元ネタ``を明かしている。「人類は神々のようになった。私たちは自らが神に等しい力を持っていることをそろそろ理解すべきではないだろうか」

  • スチュアート・ブランドは2009年10月に『Whole Earth Discipline』(邦訳『地球の論点』英治出版)を刊行した。同書で彼は人類生き残りのためには原子力発電、遺伝子工学、巨大都市が必要であると主張する。原子力の利用についてブランドは『ホール・アース・カタログ』をつくっていた1960年代、70年代はわりあい反対の意見をもち、核の恐怖のあまり原子力発電をおさえる方向に動いていたが、いまは考えを変えている。

  • ブランドは創刊号から約40年後に刊行した著書『地球の論点』(2009)において、「我々は神としてじょうずにふるまわねばならず、しかも巧みにやり遂げなければならない」(``WE ARE AS GODS AND HAVE TO GET GOOD AT IT``)と、言い回しを変えている

  • ブランドは環境問題に対処すること(エンジニアリング)が緊急の課題であって原子力をつかわざるを得ないと語る。実証しうる根拠をもとにして現代社会は進歩していると同書で論じ、安全設計のされた小さな原子力発電所を提案。原子力擁護に回ることで「合理的楽観主義」を唱えている。この地球規模の戦略が「地球を救う道」なのか「ビッグスカイアイデア」なのかは現在、誰にもわからない

スペクテイター30号
特集『ホール・アース・カタログ《後篇》』

1年におよそ3冊のペースで刊行を続けるカルチャー&ライフスタイルマガジン。
新しいジャーナリズムを標榜する現場主義・体験主義にこだわったコンテンツに定評がある。

定価952円(税別)
発行=エディトリアル・デパートメント
http://www.spectatorweb.com/

(文・構成/赤田祐一(スペクテイター編集部)