コーエン兄弟最新作、映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』の背景をピーター・バラカンさんが解説!
まさにフォークブーム前夜といえる、1961年のNY グリニッジ・ヴィレッジ。シーンが動き始める一方で、何をやっても裏目に出て、お金もなく、レコードも売れず、ただ自分の音楽に正直に生きるフォークシンガー(オスカー・アイザック)。そんな男の一週間を、独自のユーモアと優しい視点で描き出したコーエン兄弟の最新作。SHIPSMAGでは、この映画に共感した音楽評論家でブロードキャスターのピーター・バラカンさんに、当時のフォークシーンや映画の見所など、観る前に、または観た後に読むとさらに楽しくなるお話をお伺いしました!
――この映画は、1961年のNY グリニッジ・ヴィレッジ周辺が描かれています。ピーターさんは、その当時はどう過ごされていたのでしょう。
ピーター 僕はデビューしてすぐの頃からボブ・ディランを聴いていて。それが12歳だからロンドンにいましたね。でも、僕にとってボブ・ディランはあまりにも衝撃的だったから、グリニッジ・ヴィレッジの風景を想像することは多かったですよ。そういった意味でも、この映画は当時の雰囲気が伝わってくるようで面白かったですね。
――想像していた通りでしたか?
ピーター そうですね、フォーク・クラブ(ライブハウス)のなかは大体想像していた感じでした。当時、ロンドンにもフォーク・クラブはありましたけど、僕は入ったことがなくて。
――映画を深く理解するためにも、まずは音楽的なことを伺いたいのですが。1960年代前半のフォークブームというのは、どのような流れのなかで生まれてきたものなのですか。
ピーター フォーク・ミュージックはわりとリベラルな世界観と深く関係していて。まず、1930〜1940年代にウディ ガスリーのような人が出てきて。彼はアメリカをギターひとつで放浪しながら歌を唄っていた人なんだけど。その旅のなかで、雇い主に権利を踏みにじられているような、労働者の生活を目の当たりにするんです。そんな彼らと一緒に寝泊まりしながら、庶民や労働者を元気づけるような歌を唄う。ウディ・ガスリーの影響を受けたミュージシャンは、初期のボブ・ディランも含めていっぱいいて。つい先日亡くなったピート・シーガーも仲間のひとり。彼らは一般市民の人権を訴えていて、一時期は共産党員だったりするんだけど。50年代に入ってアメリカが冷戦に入ると赤狩りが始まって、ピート・シーガーは完全にブラックリストに載ってしまうんですね。フォーク・ミュージックに対する意識が高まってきたのもその時期なんです。
――突然生まれたわけではなく、やはり系譜があるんですね。
ピーター そうですね。あと、50年代の前半から半ばにかけて重要なのはハリー・スミスという人。彼はSPレコードのマニアックなコレクターでありつつ、人類学者、民俗学者であり映像制作もやっていたんですけど。彼が20年代終わりから30年代前半までのフォークとか、ブルーズとか、ゴスペルとかのSPをいっぱい持っていて。その彼が編纂した「アンソロジー・オヴ・アメリカン・フォーク・ミュージック」っていう、LPで6枚組のボックス・セットが1952年に出るんです。実は、それを出したのがフォークウェイズ・レコードって会社で。映画のなかで、オスカー・アイザックが所属するレコード会社の社長が出てくるでしょ? あの人はフォークウェイズの社長がモデルになっていますね。
――ギャラの代わりに自分のコートを渡そうとする人ですね。
ピーター そう。フォークのああいうレコードを出しているくらいだから、お金が全然ないんです。当時、NYのダウンタウンの家賃はまだ安い時代でしたから、そこの雑居ビルで細々とレコード会社をやっていて。まさにあんな感じだったと思いますね。ハリー・スミスが編纂したボックス・セットは、当時どれだけ売れたかはわからないですけど、影響力としてはものすごくありました。50年代の終わりから60年代のフォーク・リヴァイヴァルを起こした人は、ほぼ全員聴いていますね。
――そんなに影響力があったんですか。
ピーター 1927年〜30年くらいに作られた音源で、当時はSP盤で発売されたものの、すでに跡形もなく消えてしまっていた曲ばかり。たぶん、ハリー・スミスのアンソロジーが発売されていなければ、いまだに誰も聴けていないと思います。だから、その作品でひとつのジャンルが復活したといっても過言ではない。そのレコードを聴いた学生やアマチュア・ミュージシャンがさらに調べて、かつてアメリカの底辺の人たちが唄っていた歌を継承するようになって、フォーク・リヴァイヴァルが生まれるんです。そのピークに達したのが、この映画の時代背景になっている1961年ですね。若者たちを中心に話題になっていたので、NYU(ニューヨーク大学)の周辺とか、大学のある街にはそれぞれシーンがあったみたいです。この映画はデイヴ・ヴァン・ロックというフォーク・シンガーの自伝にインスパイアされたようですが、他にもいろんなミュージシャンが生まれています。
――そこから一般にはどう広がったのですか。
ピーター 映画にも、ジャスティン・ティンバーレイクとキャリー・マリガン演じる、ジム&ジーンっていう男女のユニットが出てくるでしょ? あれは、ピーター・ポール&メアリーみたいな、きれいなフォークを唄うグループと似た存在なんですよね。フォーク・ミュージックのなかにも、土着的な唄い方をする人と、よりコマーシャルな道を進む人たちが出て来て。でも、コマーシャルな人が出てこなかったらフォーク・ミュージックはあそこまで多くの人に聴かれなかったわけです。ボブ・ディランだって、シーンが何もない中で、いきなりあの声で勝負してもメディアで注目されることはなかったはずです。彼が作った「ブローウィン・イン・ザ・ウィンド」(風に吹かれて)をピーター・ポール&メアリーが唄ったからこそ、彼はシンガー・ソングライターとして注目されたわけです。
――なるほど。
ピーター そのピーター・ポール&メアリーを結成させて、後にボブ・ディランのマネージャーにもなるアルバート・グロスマンという人がいるんですが。この映画にバド・グロスマンっていう、シカゴのライヴ・ハウスでプロデューサーみたいな人が出てくるでしょ? それは彼がモデルなんです。実際、フォーク・ミュージックをコマーシャルなものにして儲けたビジネスマン。あと、「プリーズ・ミスター ケネディ」ってヘンな歌を唄うシーンがありますよね。そこに出てくる髪の短いエレガントな初老のプロデューサーのモデルは、ジョン・ハモンドという、コロムビア・レコードの敏腕プロデューサー。彼はボブ・ディランを発掘した人でもあるんです。
――実際の話とうまくリンクさせながら創作されているんですね。
ピーター 『オー・ブラザー!』のときもそうだけど、コーエン兄弟は知っているとニヤニヤ楽しめるような作りが本当にうまいですよね。この映画もフォーク・ミュージックやレコード会社のことを少し知っているとさらに面白い。
――お話を伺って、もう一回映画を観たくなりました。ちなみに、登場するキャラクターで、お気に入りの人物はいますか。
ピーター みんな面白いよね。猫の持ち主である大学教授と、その奥さんの関係だったり。ジョン・グッドマン演じる、ジャンキーでシニカルなジャズ・ミュージシャンとか。ジャスティン・ティンバーレイクのキャラクターも良かった。コーエン兄弟の映画に登場する人物はいつも、リアリティとユーモアがあって好きですね。
――では、映画のなかで好きなシーンや印象的なシーンは。
ピーター う〜ん、これまた全部印象的だったなぁ。
――たしかに、淡々としたストーリーなのにどのシーンも魅力的でした。では、この映画を宣伝するとしたら、どんな言葉でお勧めしますか?
ピーター それは難しいなぁ。でも、この主人公も当時の若者ですよね。自分の生き方を模索していて、お金も全然ないし、才能も少しはあるけど天才でもない。とにかく音楽が好きで、できれば音楽とかクリエイティヴな道に進んでいきたい。そういう共通点を持った若い人はたくさんいると思うんです。そういう人たちのヒントになるかは別として、その心境で観れば共鳴するものがあると思う。むしろ彼の真似をしないほうがいいけど(笑)。彼は妥協しないからダメなんですよね、僕はそこに共鳴するなぁ。僕も妥協したがらない人間だから、所詮出世できない。そこには良いところも悪いところもあって、だからいいんです。この映画には結論もないしね。
――興味深いお話をたくさん聞くことができました。今日はありがとうございます。
コーエン兄弟作品としては初となる公式コラボTシャツが完成。本作品メインビジュアルのフォトプリントと、作品を象徴するギター&猫をモチーフにしたイラストの2デザインで、S','M','Lサイズの展開。全国のMEN'S CASUAL取り扱い店舗のSHIPSで5/23(金)より限定販売なので、こちらもお見逃しなく!
Tシャツ ?4','000(+TAX)
配給:ロングライド
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
音楽:T・ボーン・バーネット
出演:オスカー・アイザック、キャリー・マリガン、ジョン・グッドマン、ギャレット・ヘドランド、ジャスティン・ティンバーレイク
2013/アメリカ/104分/カラー/英語/ビスタ/5.1ch
www.insidellewyndavis.jp
Photo by Alison Rosa ?2012 Long Strange Trip LLC
ピーター・バラカン
1951年ロンドン生まれ。
ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「Barakan Morning」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ビギン・ジャパノロジー」(NHK BS1)などを担当。
著書に『200CD+2 ピーター・バラカン選 ブラック・ミュージック アフリカから世界へ』(学研)、『わが青春のサウンドトラック』(ミュージック・マガジン)、『猿はマンキ、お金はマニ 日本人のための英語発音ルール』(NHK出版)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)などがある。