スタイリスト平松正啓氏プロデュースによるフリーペーパー「WHYT」
スタイリストの平松正啓氏がプロデュースするフリーペーパーが、今注目を集めている。名前は『WHYT』(ホワイト)。さまざまなセレクトショップにおかれているのですでに知っている人もいるのでは!? 「ぼんやりとやりたいことを考えていたら、自然とフリーペーパーに行き着いた」というが、内容の濃さはそんな生易しいものでは全然ない! その誕生&制作秘話をご本人にインタビュー。
――まずはフリーペーパーを発行することになったいきさつから教えていただけますか。
「何かおもしろいことがないかなと考えていた時に、あるときふと『フリーペーパーでもやってみようかな』って思ったのがきっかけです。そうしたら自分の好きなようにおもしろいことができるのかなと。とても安直な発想からのスタートです(笑)」。
――それはつまり、自由にクリエーションができる場所を探していたということですか?
「いや、別にそんな大袈裟なことではないんですよ。本当に単純にただ自由にやってみたかっただけ。それと、みんなでワイワイ言いながらできる作品ができたらきっと楽しいなと思ったんです。普段はご一緒しないスタイリストさんにもお願いをしてみたりして。そういうことができたらいいなあ、くらいで始まったんです」。
――それで辿り着いたのがフリーペーパーだったと。
「何かを作って売るっていうのは違うなって思っていたので。それでフリーペーパーにしたんです」。
――スタッフはどんな風にして集まったんですか?
「個人的なつてを辿って、いろんな人に声をかけさせてもらいました。そしたら結構みなさん快く引き受けてくれて。普段は絡みのない、いろんな媒体でスタイリストをやっている人たちが集まった雑誌ってちょっとおもしろそうだなって思って、何か基準みたいなものは設けずに、本当にいろんな人に声をかけさせてもらいました」。
――フリーペーパーとはいえ、かなりしっかりした作りですよね。もう雑誌とほぼ変わらないほどの作りだと思います。これは最初からこのレベルのものを作りたいって思っていたのですか?
「そうですね。最近はZINEも流行っていますが、僕らはあくまでファッションを感覚で楽しめる本を作りたいと思ったので。それと中途半端なことはしたくなくて。最悪これで失敗したらスタイリスト辞めるくらいの覚悟では臨んでいたんです」。
――雑誌を作りたかったということは、読者を意識しているということですね。つまり自分たちのクリエーションの欲求をただ満たすだけでなく、ちゃんとエンドユーザーのことも考えていると。
「そうですね。僕はストリートもモードも好きで、自分で服を着る時もそんな感じでミックスすることも多い。例えばジャケットはディオールでもパンツはユニクロとか、そういうことって普通にあると思うんです。それがリアルなわけです。だから、現実的にそういう混ざり具合をしている本がいいなと思っています」。
――でもそれってブランド側のアプローバルを取るのが大変じゃないですか。特にハイブランドはイメージが大事。日本のストリートブランドと同じステージで紹介するというのは、かなりハードルが高かったのではないですか?
「そうですね。でもちゃんとやりたいことを真摯に伝えれば、意外と伝わるんだなって思いました。もちろんコンセプトがフィットしなければNGなのだとは思いますが。ちなみに第一号のWHYTではGANRYUを特集しています。個人的にとても好きなブランドだったのでやらせてもらえるようお願いをしたのですが、最終的には内容を理解してくれてなんとか協力していただけました。あとはクロムハーツもいろいろプレゼンをしながら、なんとかOKをいただけたし」。
(創刊号に掲載したGANRYU特集)
――目指したのは、リアリティのある、ありそうで実際はない雑誌。広告色が薄いのも特徴ですよね。
「実際、広告はいくつか入っていますが、自分たちで営業をしてってことは一切ないんですよ」。
――そうなんですね。じゃあブランドやショップ側から申し出があったと?
「そうです。向こうからサポートを申し出てくれているので本当にありがたいです。だから出稿料金の設定もすごく低い。見開きでも片ページでも一律5万でお願いしているんです」。
――それはもったいなくないですか? 一般的な雑誌で言えば数十万単位で売るものでしょう。
「別にこの媒体でお金を生もうとは一切思っていないんです。なので、いただいたお金はすべて震災孤児などに寄付することにしています。だから手伝ってもらっているスタッフには申し訳ないのですが、みんな毎回出費があるだけ。インカムはないんです」。
――それは最初からそのつもりで?
「はい、そのつもりでした。もしこれで僕が広告収入を得てしまうと、他誌との競合になってしまうわけですよね。そもそもそういうことをするつもりはまったくないんですよ。だけどもしお金が入るのならば、それを利用してチャリティー的なことができればいいなって素直に思ったんです。スタッフもみんなそれに賛同してくれています」。
――素晴らしいことだと思います。実際に作りつづけていて周りの反応はどうですか?
「代官山のTSUTAYAさんにも置かせてもらっているのですが、結構早い段階でなくなったりとか。僕が想像していなかった反応をいただいているので本当にありがたいです。こんな風にSHIPS MAGさんに取材をしてもらえるのも申し訳ないくらいで……恐縮です」。
(写真だけでなく文字もピンぼけで読みにくい。こんな大胆なことができるのはフリーペーパーならでは)
――ところで一冊作るのにどれくらいの時間を費やしているのですか?自身のスタイリストの活動も平行して進めているわけですよね?
「はい。なので正直、期限が守れたことは一度もないんです。WHYTは年に3回出しているんですが、3、4ヶ月遅れてしまうこともあって。4月出すものが8月に出来たりしたこともあります。春夏号なのに、もうファッションシーンは秋冬になりかけていたりして」。
――平松さんはスタイリストですが、雑誌の作り方などはもともと知っていたのですか?
「まったく知りませんでした。むしろ今もわかっていないのですが、だから本当に最初は手探りで。大変ですが本当にいろいろ勉強になりますね。
――特に思い出深いコンテンツはありますか?
過去に作ったものというよりは、次に出る号でSAINT LAURENを特集させていただけることになったり、またVERSACEと日本のブランドとミックスしてコーディネート提案したり、少しずつやれることの幅が広がっているのが嬉しいです。プレゼン資料を作るためにまったく使えなかったイラストレーターもだいぶ使えるようになりました(笑)」。
――でもすごく大変な作業ですよね。
はい……なので、いつも締め切りに間に合わないんです。
――でも自分ですべてをプロデュースしている分、完成すると達成感は違いますよね。
「もちろんそれはそうですが、反省も毎号たくさんあります。もっとおもしろくできたんじゃないかなとか」。
――とりあえず今のところ3号出されています。年に3回の発行ですからこれでとりあえず満一年ですね。改めて今後の展望などはありますか?
「最新号からは海外でも置いてもらうようにアプローチしているんです。ちょっとずつ広がっていくことで、協力してもらっているブランドさんにもおもしろい反応があれば、もっと『やってて良かったな』って思えるんじゃないかなって思っています」。
――部数を増やしたり、もっと大きなプロジェクトにするとかはないんですか?
「いやー、部数は1000部が限界です。自費でやっている以上、これ以上刷ったら破産してしまいますよ!」
――じゃあこれまで通り年に三回。部数は1000部。広告費はチャリティーにまわすということで変わらずに作っていくと。
「そうですね。あとはできれば期日を守ってみたいです、一度でもいいから……(苦笑)」
平松 正啓
メンズファッション誌を中心に多方面で活躍するスタイリスト。コーディネート提案だけでなく、世界観までディレクションする細やかなセンスに定評あり。三児の父。