新連載 Go with the flow / RIHITO
90年代にスーパーモデルとして世界で活躍し、00年代からは自身のブランドCICATAをスタート。実はSHIPSとの信仰も深いクリエーター、リヒト氏との新連載が遂にSHIPS MAGで実現した! 記念すべき1回目はご本人へのインタビュー。今で明かされなかった裏話から(!?)そのルーツと素顔に迫る!
――今回からはじまった新連載、よろしくお願いします。初回はまず、リヒトさんのプロフィールを改めて追っていきたいと思います。まずはこの業界に入ったきっかけから教えていただけますか? モデルからですよね?
そうですね。最初はカットモデルとしてスカウトされたんです。ポパイのヘアスタイル特集だったかな、確か。ヘアサロンDaBのスタイリストさんに街で声をかけられたのがきっかけです。で、それを見たスタイリストの祐真さんからファッションモデルとしてのオファーをいただいて。そのときが19歳。まだ大学生でコンビニでバイトしていました。それまでモデルになるとかまったく想像もしていませんでしたね。
――モデルを続けていこうと思ったのは、やっぱりやってみておもしろかったから?
ちょこちょこ呼ばれてモデルをやっていた時に、これからもモデル続けるならエージェントに入った方がいいということで誘っていただいて。でも迷いはありました。コンビニで安定して月12万稼げる生活を崩さずに、どうやってやっていこうかとか本気で考えていましたからね(笑)。
――でも当時は本当に活躍していましたよね。ポパイ、メンズノンノ、チェックメイト、ホットドック。売れているほとんどの雑誌で見かけました。その後、海外のショーにも挑戦していますが、その頃はやっぱりモチベーションも高まっていたからですか?
いや、それが全然違うんですよ。最初、パリ、ロンドンには旅行でいく予定だったんです。でも事務所の社長に「せっかく行くんだったらブックだけ向こうの事務所に見せてきなよ」って言われて。で、持っていったら「あなた今日からキャスティング行きなさい」って言われて。それで旅行が全部台無しになったんですよ。ロンドン行きも当然なくなり、結局パリで毎日仕事していました。
――ひどい……ですけど凄いですよね。
ツイているんだかツイていないんだかって感じですよね(笑)。まあ結果的にツイているんでしょうけど。
――それからいわゆるスーパーモデルとして海外でも活躍するわけですね。向こうではどんな人たちと仕事をしていたんですか?
カール・ラガーフェルドやマリオ・テスティーノなど、超一流のクリエーターと仕事をさせてもらいました。あとベネトンの、人がたくさんでている広告にも出させてもらいました。どれも貴重な体験です。
――順風満帆のように見えますが、24歳で急にモデルは辞めていますね。なにかきっかけがあったのでしょうか?
特になにかがあったわけではないのですが。とりあえず今のままでいいのかどうか考えるようになり。で、思ったのが“とりあえず今やっていることを辞めないと分からない“っていうことだったんです。それで。
――急に?
そうです(笑)。
――それで自身のブランド、CICATAをスタートさせたんですね。
それもある人に誘っていただいたのがきっかけだったんですよね。それまで雑誌の企画でTシャツを作ることはありましたが、本格的にデザインをしだしたのはそこから。現場で必至で覚えました。
――いろいろなことが偶然にというか、わりと成り行きで物事が進んできたんですね。
運も実力なんて言いますが、思えば運だけが実力のような感じでしたね。
――成り行きとはいえ、服のクオリティは相当高かったと思います。デザインやブランドのコンセプトはあったんですか?
コンセプトはありませんでした。単純に自分が着たい服っていうか。ディテールに凝るのはちょっとしたことくらいにして。シンプルに。
――ものを作る上で、やっぱり海外のハイレベルなクリエーションを肌で感じてきたのは大きいですよね。
それはありますね。それがなければ自分で服を作ろうなんて思わなかったかもしれない。どっかでそういうチャレンジ精神はあったんですよね。
――一流を知っているということは本当に大事だと思うんです。理想像をリアルに思い描けますから。
でも嫌になることも多いですけどね。例えば縫製ひとつとっても、一流のものを目標にすると、できないことが多かったりする。なかなか難しことも多いです。
――でも嫌になるのは完成度に妥協できないからですよね。
そうなのかもしれません。もちろん自分の勉強不足、説得不足ってのもありますけど、それを棚に上げさせてもらって言うなら、工場さんが大事な一手間をやってくれないっていうことが多い。でもその一手間が、僕が見てきた海外基準ではぜんぜん普通のことだったし、それやらないと意味ないじゃんっていう感じなんです。
――理屈ではなく、現場で、肌でそのクオリティを実感してきたからこそ、余計にそこに敏感になるんでしょうね。
でも価値観はすべて人それぞれですからね。なにが良くてなにが悪いかは選ぶ人が決めること。僕も海外ブランドのものがすべて格好いいとは思わないし、国内の服ですごくいいものはたくさんある。でも僕が海外にいた頃は、どのブランドもみんな全盛期だったような気がします。僕にとってそれは本当にいい刺激でした。
――そして2011年末、CICATAもお休みに入りました。それはなにか理由が?
ブランドが10年を超えたという節目もあり、ここで改めて方向性や在り方を見直そうと。その時も、次に何をやろうという具体的なビジョンはありませんでした。実はそのことを最初に相談したのがSHIPS(JET BLUEのバイヤー)さんだったんですよ。というのも、CICATAと最初に取引をしてくれたのがSHIPS JET BLUEでそこからずっとお世話になっているので、やっぱり一番最初に言わなきゃと思って。その話の中で、SHIPS JET BLUEの別注ラインだけは残して続けていこうということを言っていただいて。
――それで今はCICATA SHIPS JET BLUEを展開しているんですね。また新しいブランドを始める予定も今のところはないのでしょうか?
しばらくはないですね。もしやるならもうちょっと勉強してからかな。新しくやるのか、改めてCICATAを練り直すのか。そういう意味ではSHIPS JET BLUEと続けてやれているということは、また僕のラッキーな人生の一部ですね。今、またデザインすることへのモチベーションもすごく高くなっているので、今後のCICATA SHIPS JET BLUEはますますおもしろくなると思いますよ。期待していてください。
――楽しみにしています。今日はありがとうございました。ところでこの企画、連載ですが次は何をしましょうか?
そうですね……それもなんとなく流れで行きましょうか(笑)。
EBISU MERCER CAFE DANRO
今回、取材場所を提供してくれたのは恵比寿駅からほど近い場所にある「MERCER CAFE DANRO」。“冬場に行きたくなる空間”がコンセプトで、店内にある大きな暖炉が象徴的。料理も『高級食材をカジュアルに』をテーマに、カジュアルリッチなライフスタイルを体感できるレストランだ。
EBISU MERCER CAFE DANRO
渋谷区恵比寿南1-16-12 ABC Mamies 2F
Tel & Fax:03-3791-3551
営業時間 Lunch:11:30~15:30(L.O.15:00)土・日・祝11:30~17:30(L.O.17:00)Dinner:17:30~24:00(L.O.23:00)/金土祝前日~4:00(L.O.3:00)
RIHITO/リヒト
1976年、東京生まれ。95年よりファッションモデルをスタート。パリ・ミラノなど海外に活動の場を広げ、ジル・サンダーのメインモデルなどを務める。 2000年に自身のブランド「CICATA」をスタートし、2011年に惜しまれながらも休止。現在はSHIPS JET BLUEのエクスクルーシブコレクション、CICATA SHIPS JET BLUEを手がけている。