「真夜中」 家族と服 vol.3 「真夜中」 家族と服 vol.3

「真夜中」 家族と服 vol.3

「真夜中」 家族と服 vol.3

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家族と服 vol.3
記憶の中で着てる服
福永 信


定番があった。
父ちゃんはゴルフメーカーのロゴの入った、薄い生地の黄色い服。母ちゃんは、黒っぽい服。オシャレじゃなくて、絵を描くとき、汚れてもいいようにだ。六つ上の姉ちゃんは萌黄色のオーバーオールだった。日比野克彦にポケットのところにサインをかいてもらってた。飛行機の絵も添えられてて、うらやましかった。記憶の中で、今よりずっと若い彼らは、こんな服を着続けている。
では、ぼくは? それが、思い出そうとしても、サッパリなのだ。はて、どんな服が定番だったっけ。

朝、パジャマから着替えたら、そのままずっとだった。
昼、ランドセル放り投げて、外に遊びにいくときも、そのままだった。
夜、日が暮れて、すっかり汚れて帰ってきて「着替えなさい。」ってしかられても、「あとで。」って、テレビ見てた。


野球帽をかぶってた。朝からずっとだ。中日、南海、西武と、三つもだから、相当デタラメだけれども、かっこいいと思ったマークのを、かぶってた。
朝がきたら、用意してある服を着て、帽子かぶって、一丁あがり。何も考えなくてよかった。学校で何をしようか、帰ってから自転車でどこにいこうか、そんなことで頭がいっぱいだった。
それでも、記憶の中のひきだしに手をつっこんで、ごそごそ、ひっぱりだしてみると、セーターが一枚、出てきた。洋菓子の表面にありそうなくねくねした模様の、水色のセーターだ。姉ちゃんのオサガリじゃなかったっけ、これ。ぶかぶかで、すごく、やだったなあ。やっぱり、しまっておこうっと。


記憶というほどでもない、一年前の冬のこと、しばらくぶりの実家で、黒っぽい服の母ちゃんが、
「そのセーター、こっちきてから、着たきりじゃないの。」
と、するどい指摘をしてきた。むろん三十年前の水色のセーターのことではなく、ぼくが自分で選んで自分で買った新品のセーターのことだが、「脱いじゃいな、クリーニングに出すから。」「でも、あしたの夕方には、おれ、京都に戻るから。」というと、得意そうに「じゃあ今洗おうか。洗濯機でも、できるから。」って。昔はよく家で手洗いしたって。
さすが、歳をとっても母は母、と思ってたら翌日、「失敗しちゃった。」と、ぐっと縮んだセーターをすまなそうに、ぼくにわたすのだった。洗濯が下手になってるんじゃない? と一瞬思ったけれど、もしかしたら、母ちゃんは、子供のころのぼくのサイズに合わせたのかもしれない。なんてね。



(ふくなが・しん 小説家)

季刊 真夜中 No.16(リトルモア)より



福永 信(ふくなが・しん) 小説家
1972年東京都生まれ。『アクロバット前夜』『あっぷあっぷ』(村瀬恭子との共著)『コップとコッペパンとペン』『アクロバット前夜90°』『星座から見た地球』。最新刊『一一一一一』が発売されたばかり。


吉野英理香(よしの・えりか) 写真家
1970年生まれ。1994年、東京綜合写真専門学校卒業。以降ストリートスナップを中心に内外で作品を発表。個展に「Enoshima Zero Meter」「Eleanor Rigby」ほか。写真集『ラジオのように』(オシリス)。
季刊誌「真夜中」

季刊誌「真夜中」

2008年4月創刊の季刊誌。


文芸を軸に、写真、絵、デザインなど、あらゆる“表現”をジャンルにとらわれず掲載。毎号、「恋」「子ども」「信仰」「旅」「音楽」「科学」「映画」「ノンフィクション」「デザイン」と多岐にわたる特集テーマのもと、作家たちの織りなすアンサンブルの妙が光る記事を展開。想像することの素晴らしさと楽しさを提案し続けている。

http://www.littlemore.co.jp/magazines/mayonaka/