SHIPSと人 SHIPSと人

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SHIPSと人。今回は、SHIPSが共同でディレクションした書籍『BASIC MAGIC FASHION BOOK』(easy workers / ワールプール刊)のCD・エディット・ライティングを担当した神田典子さんが登場。ベーシックをテーマにしたエッセイを寄せていただいた。ふだん何気なく使っているベーシックという言葉だが、改めて考えてみると生活の中に様々な発見があるようだ。


『BASIC MAGIC FASHION BOOK』をつくるとき、SHIPSのスタッフと何度もミーティングをした。「ベーシックアイテムの真価をどう伝えればいいのだろう」というようなことを。ファッションに限らず、ベーシックという言葉は、気軽に使われ過ぎて、慣れてしまった言葉のひとつなのかもしれない。

ファッションに限らず、ベーシックというと、私はふたつの言葉が思い浮かぶ。ひとつは「デザイン」。ひとつはこの頃気になる言葉「塩梅」。

「究極のデザインはまな板」と深澤直人さんが書いていて、それは衝撃だった。確かに。まな板は‘のせて、切る’を最適に達成する道具だと思う。全体でも端っこだけでも使える、長いものも丸いものものせることができる、しかも裏表使える。洗い流すのも簡単、収納にも機能的。うーん、まな板は、すごい。そして、究極のデザインはまな板だと言い切った深澤直人さんもすごい。
デザインには意味がなければならず、デザインは機能を充たしていく過程で生まれ、デザインは人の行為を意味ある美しいものにする行為そのものだと言ったのはヴィクター・パパネック。『生きのびるためのデザイン』、1970年代の古いヴィクター・パパネックの著作だが、私のとても好きな本だ。

深澤さんとパパネックのデザインについての考え方が好きな私には、デザインとベーシックはとても近い関係にあるように思える。


箸は色々使ってきたけれど、数年前にこの箸と出会ってから、もうこれだけでいいと思っている。これは、「旧白洲邸 武相荘」で買った。きれいに柾目の通った赤杉の箸。使い初めの頃は、持つほうが少し太めで角があたるように思ったが、使うごとに良くなっていく。木の香が清々しいく、とにかく軽い。使っていないかのよう。持つほうが太めのせいかグリップ感がよく、何でも容易にはさむことができて、塗りの箸のように滑ることもない。これで、食卓がぴしっと決まったような気がする。箸はまな板のように、すごい。手を汚さず、かき混ぜる、はさむ、取るを行うベーシックな道具。そのベーシックな道具を、様々な素材で、形に変化を加え、洗練させてきた、私たちの先祖もすごい、おしゃれだと思う。白洲正子著『日本のたくみ』によると、日本には500〜600もの箸の種類があるという。

ファッションのベーシックアイテムの代表、テーラードジャケット。持っているのに、何か窮屈で、あまり着なかった。でも、『BASIC MAGIC FASHION BOOK』をつくってからは着るようになった。それなりの意味を持つものは‘意味を使う’となかなか重宝だと思う。 今年は、よく、ショートパンツにテーラードジャケットを合わせて着た。もともとショートパンツは好きなのだが、ジャケットを合わせることで大人の着方ができたように思う。むしろジャケットの着崩しのようになったことがおもしろかった。
何をおしゃれだと思うか、というのは、人それぞれだ、というのは、その通りかもしれない。けれど、人の歴史と共に洋服は変遷し、そして、シャツやテーラードジャケットやトラウザーズというベーシックが定置した。そして、どれほどアレンジしてあっても、シャツはやはりシャツなのだ。なぜそうなったのか、それにはやはりワケがある。着る人それぞれのおしゃれ観がどうであれ、そのものの所以は揺るがない。ところで、ジャケットとショートパンツの着こなしには、必ず、このSHIPSで買ったロングネックレスを着けた。信頼しているベーシック好きのスタイリストが、ボリュームのあるロングネックレスをよく身に着けていて、そのバランス感が好きだった。ずっと探していたのだが、やっと出会えた感じ。決して安い買い物ではなかったが、様々なベーシックアイテムにニュアンスを足してくれるので、私にとってコストパフォーマンス抜群の買い物になった。

高いか、安いか。それは、買い物をするときの重要な問題だ。なぜ高いのか。なぜ安いのか。高いものはいいのか。高いものを買えないから安いものを選ぶのは妥協の選択なのか。お金は、私たちの日常生活の選択に現実を突きつける。
最近、買い物やお金を使うときの選択に「塩梅」という言葉をはめるようになった。私の必要性・私が対象に見る価値・対象に在る価値・対価の、‘具合’のいいところを見つけるということだ。 値札やメニューだけを見て、高い・安いを決めるのは懐具合かもしれない。でも思う、つまりそれは、そのものを提供する側が決めた対価であり、それでいいかどうかを決めるのは、支払う側の意思なのだと。
私は仕事柄、物やサービス、表現物が生まれる背景を見ることが多い。そして自然に、誠実な仕事で、付加価値に納得できるものが好きになった。わかりやすい例では、銀座に小さな店を構える、最中で有名な「空也」。ご主人にインタビューしたことがある。なぜ、たくさんつくらないのか、そのわけも聞いた。誠実な仕事でつくれる量には限度があるからだ。そして、誠実な値付けをしている。そのため、美味しくて手頃な値段の最中に自然と人気が集まり、順番待ちになっても買いたいという人が多い。「限定」などの意図的な付加価値によって、1週間先まで予約が埋まっているわけではない。
不思議なことに、誠実に、良いものを提供しようとする人に、正当だと思える対価を支払うとき、高い安いに限らず、お金をつかう惜しさはない。

私が誠実な仕事をする人のひとりだなと思うのが、最近出来たばかりのフレンチレストラン『シャントレル』のシェフ、中田雄介さんだ。中田さんは、2005年より「ミシュラン」の3ツ星を保持している「オーベルジュ・レジス・エ・ジャック・マルコン」で修行した経歴の持ち主だ。中田さんが、レジス・マルコン氏を語るときの口調は熱い。自然に恵まれた村のオーベルジュでは、どのように森の恵みを生かして料理するのか、何度か話を聞いた。そんなマルコン氏のエッセンスを日本で再現しようとする中田さんの料理は、野菜の滋味が生きていて、秋にはキノコがたっぷり使われる。素材探しへの気配りもうかがえて、その良さを丁寧に引き出しているので、笑顔になってしまう。そして、何より、味わいのなかに、仕事への誠実さと情熱が潜んでいるように思う。

高価、高名なものはたくさんある。でも、高価、高名なものをほとんど必要としない自分がいる。むしろ、手頃な値段で良いものを提供しようとする人が好きだ。なぜなら、手頃な値段でいいものを提供するためには、高価な材料を使う以上の手間ひまがかかる。その工夫と労を惜しまないために、その仕事が好きだという純粋さと情熱が必要だ。その純粋な情熱に対価を支払いたいと思う。
パパネックは、人の行為そのものがデザインだと言った。そして私には、誠実な仕事が、豊かさをデザインする、暮らしのベーシックだと思えるのだ。

神田典子

(株)ワールプール / easy workers クリエイティブ・ディレクター、エディター、ライター。

easy workers / (株)ワールプール発行・発売 To Do Booksシリーズをブランディングから手がけるほか、広告制作などを行う。SHIPSをディレクションに迎えたTo Do BooksシリーズNo.2『BASIC MAGIC FASHION BOOK』は、ベーシックとトレンドを上手にミックスして、自分なりのファッションをつくっていきたい幅広い年代の女性の共感を呼んでいる。