毎号、各ジャンルで活躍されているゲストをお招きし、その生き方を訊く本連載。今回はCMディレクターとして数多くの人気CMを手がける谷田一郎さんと、桑原茂一さんお気に入りの蕎麦屋さんで対談。今後は芸術家として舵を切るという話も飛び出しました。
最初はCGが巧くないことで注目されたんです
桑原 「谷田一郎」と聞くと、世間的にはCMディレクターのイメージが強いみたいですね。でも、僕が知り合った25年ほど前は、CGクリエイターというイメージが強かった。オフィス名もJohn and Jane Doe Inc(ジョン&ジェーン・ドォ)なんて、外資系の広告代理店みたいな名前だったから、仕事場にお邪魔するのも緊張しましたよ(笑)。
谷田 アメリカでは、身元不明の死体の足の裏に「ジョン・ドォ(男)、ジェーン・ドォ(女)」って書くらしいんです。当時NYに住んでいた彼女(妻)が、「なんかそのくらいでいいんじゃない?」って名付けてくれて。
桑原 「そのくらいでいいんじゃない?」ってすごい夫婦の会話だね。でも、90年代半ばはまだ「CG」という言葉も浸透していなくて。そんななかでも、すでにかしこまったCGではなく、既成概念をぶっ壊すようなものを自由に作っていましたよね。
谷田 僕の場合、タイプフェイス(書体/文字デザイン)を立体にしたりとか、ヘタクソなCGを作っていたんです。もともと、CGが巧くないことで注目されて。
桑原 あ、そうだったの?
谷田 CGって、バーチャルリアリティな驚きの世界というイメージがあるじゃないですか。僕はああいうのは作れないし、そうじゃない方向で使ったのが当時新しくて。
桑原 あと、エロもやっていなかった?
谷田 やっていました。
桑原 だよね、それも不思議な感じがしたんですよ。これまでのエロとは表現が全然違った。
谷田 当時CD-ROMが流行っていて。いまのVRもそうですけど、テクノロジーってエロから発展することが多いんです。それで、僕はKUKIというアダルトメーカーの社長にお金を出してもらって、CD-ROMを作っていたんです。
桑原 90年代半ば頃、テイ・トウワを始め、谷田一郎、タイクーングラフィックス、この連載にも登場してくれたヒロ杉山など、『Graphickers(グラフィッカーズ)』という集団がドーンと話題になるなかで、僕は皆さんを海外からやって来たアーティストのように見ていた。東京から世界に向けて、グローバルな新しい風を吹かせている集団というか。そういう人がエロをテーマにやったことで、さらに謎めいたんですよ。
谷田 アンダーグランドな感じでしたよね。
桑原 そうそう、洗練されているんだかアンダーグランドなんだか、境目がない感じ。それまでのアンダーグラウンドって、どこか日本独特の閉鎖的なところがあったけど、そういう垣根と勃起を越えたモダンな感じがしたんですよ。
谷田 あまり俯瞰して考えたことはなかったですけど…。当時はあまり広告仕事をしていなかったので、その辺も謎めいた要因だったんじゃないですかね。
桑原 うんうん。広告の世界はまた独特だもんね。
谷田 ちょっと違いますよね。
広告の仕事はまったく別の感覚、180度以上違う
桑原 そこから広告をやるようになったのは何故なの?
谷田 27歳までグラフィックデザイナーを本職にしていて、一方でヒロ杉山くんと『近代芸術集団(Neo Art Group)』というチームを組んでいたんです。そのあたりでやっぱり絵画がやりたくて、デザイナーを辞めたんですよ。そこから3年間毎日絵を描いていて、それだけでは食べられないから、友だちの鈴木くんや宮師くん(タイクーングラフィックス)から仕事をもらったりもして。
桑原 うん。
谷田 次第に本当に食べられなくなって。何か作らなきゃというときに、さっき話に出てきたCD-ROMで『UNDER GROUND AtoZ SO OUT』という大人版A to Z的な作品を作ったんです。それをアダルト会社に買ってもらったというわけなんです。そうしたら、映画監督の中野裕之さんとか、当時NYから帰ってきたばかりのテイ・トウワくんとかが作品を観てくれていて、いろいろやるようになった。さらに、彼らとの仕事を同年代の広告関係者が見てくれて、「CMやらない?」と誘われるようになったんです。気づけば20年以上、CMディレクターをやっています。
桑原 当時はあまりテレビを観なかったから、有名なCMも数多く手がけているんですよね?
谷田 原宿のラフォーレから始まって、話題になったのはキムタクのエステのCMとか。最近は、ホンダのN-BOXシリーズとか、皆さんがよく見かけるものも手がけています。
桑原 これまでの活動と地続きにあるのか、それとも広告はまったくの別物という感覚なの?
谷田 まったく別ですね、180度以上違う。でも、自分にとっては役所の堅い書類を書くより得意なので、楽しみながらやっています。
今後は、現代美術の世界で活動していく
桑原 そんな谷田一郎がアートの世界に戻ってくるわけですよね。フリーペーパー『ディクショナリー』の2/10号で大特集をしています。これまでも、現代アートの文脈にいるような気がしてましたけど、新たな作品を観ると「やっぱり最初からそういうことだったんだな」と感じました。
谷田 今回の特集にあたって、画像だけのラフデータを(桑原)茂一さんにお送りしたじゃないですか。そのときに、「すごくいいけれど、わからない人には全然わからないよね」と言われて。そこから3日間くらい修正にあてたんですが、2日間は現代美術系の本や哲学書を読みながら作品のタイトルと解説を考えていました(笑)。
桑原 でも、「考える」ことこそが現代美術の基本らしいですよ。とくに「見る人が考える」ということがね。そこを谷田さんはうまく表現されていて。世の中は面倒臭いことが多いし、嫌なことばかりだけど、「アートだけは未来に向かってズコーンと突き進んでいけるんじゃないの?」っていう、希望を感じさせてくれる作品群で嬉しかったです。
谷田 ありがとうございます。
桑原 しかも、この号のフリーペーパー『ディクショナリー』から、日本のアーティストを世界に向けて発信すべく、日本語と英語を併記するという新しいチャレンジでもあったので。そんな記念すべき表紙の作品に本当にガーンときました。
谷田 春画のページも面白かったです。
現代美術はデュシャンな方向か、ロスコな方向かの2種類しかない
桑原 谷田さんが考える現代アートとか、今の美術シーンとか、そういう話も聞きたいんですけど。一部では投資目的の世界もあって、よくわからない部分が大きい。
谷田 僕も現代美術の現場にいるわけではないので、完全には把握していませんが、デザインや広告といった世界とは全然違う。そういう意味で両立は無理ですね。アートのことを考え始めると、最終的には「生きるとか死ぬとか」の根本問題に行き着いてしまう。でも、それはネガティブな意味ではなくて。
桑原 わかります。
谷田 作家としてどう表現していくかも、基本的には2種類しかないと思っています。ひとつは小便器を作品として展示したことで知られる、マルセル・デュシャン的な方向。彼は現代美術の基礎であり、それ以降のアーティストはアンディ・ウォーホールにしても誰にしてもフォロワーに位置付けられます。もう一方は、絵画のマーク・ロスコ的な方向。彼は精神性に寄っている。一枚のキャンバスに全精力を注ぎ込む的な。今のダミアン・ハーストなど、現代美術のメインはデュシャンのほうにいて、そっちが王道として盛り上がっている。そこを考えないと美術はできない。
桑原 すごくわかりやすい。でも、こういう話って、多くの人にとってはわかりづらく感じてしまうんですかね。かえって説明しないほうがいいのかなとも思う。
谷田 いや、説明したほうがいいと思いますよ。最近、「これが答えだ!」っていうのをブログ(Art Contemporary in Japan)で見つけたんですよ。それを読めば現代美術の根本がわかる。
アートの世界で生きていくために必要なこと
桑原 今後は現代美術の方向にシフトしていく予定ですか?
谷田 はい。商業的なものは徐々にフェードアウトしていきます。なので、『ディクショナリー』の話はすごくいいタイミングだったんですよ。本当にありがとうございます。
桑原 SHIPS MAGの読者層は幅が広いと思うので、あまり専門的すぎるのもどうかと思いますが、デザイナーやCMディレクターとして活躍されている方が、いきなりブラックホールなアートの世界へ踏み出す。その方向転換に、人生はいつからでもやり直せると勇気づけられる一方で、「これから人生のやり直しをするの?」という驚きもあると思うんです。
谷田 僕の周囲には、そういうことが平気な人が多くて。うちの奥さんもいまは娘とタイに住んでいて、それが自然な感じなんです。逆に、僕はこれまで意外と保守的だったともいえる。
桑原 ものを作る人というのは、昔からそういうものなんですよね。今更ながらドストエフスキーを読んでるんですが、200年以上前の話でも、真のアーティストはいくら弾圧されても創作活動をやめない。人間の姿勢はそれほど変わらないんでしょうね。
谷田 日本では現代美術で生活の糧を得るというのは基本的に無理なんですよ。だからよく「藝大を卒業してもアーティストとしては生きていけない」なんて言うけど、当たり前で。どこかでアウトローにならないとやれない。だからこそ、「もうこれしかない!」という状況にならないと、そういう生き方はできないと思うんです。僕の場合は、最近たまたま「もうこれしかない!」という出来事があったので…。
ネットサービスの発達により、人々はわかりあえないことを知る時代
桑原 最近、動画配信サービスのNetflixを観ているといろいろな国の優秀な作品があって。そのなかで繰り広げられる恋愛にしろ、命のやり取りにしろ、国や監督によって全然捉え方が違う。だから、すっと入ってくるものもあれば、まったく理解できないものもある。これまでは「話せばわかる」みたいな、「正しいことはひとつ」という「ラブ&ピース」的なものを自分も信じていたけれど。
谷田 ひょっとしたら、そこがNetflixの一番いいところかもしれない。
桑原 そうなんだよ。本当の世界が、これからわかるんだよ。俺たちはいままで勝手に夢を見ていただけで。
谷田 確かに、Netflixで海外のコメディを観ていても「日本と全然違うんだな」って思いますからね。
桑原 そう。笑うところが全然違うでしょ? コメディのような言語や文化にもヒエラルキーが介在しているし、壁が無数にある。僕はどちらかというと、社会のなかで、どこからも外れている人が、どこにも所属したくない人の世界を見る視点が好きで。
谷田 でも、欧米人なんかは特に、ど真ん中の話じゃないと受け入れられないじゃないですか。
桑原 そういう意味で、意外と「コメディ」っていう言葉は好きじゃないかもしれない。違う言葉が欲しい感じ。
谷田 それって爆弾発言じゃないですか!
桑原 実は笑いの質が逆にムラ社会を作っているところがあるからね。僕の場合は60年代後半からのヒッピー文化とかにハマっちゃって、「もうすぐ融合の時代が来る」みたいなオルタナティブな考え方を持っていたから(笑)。いまの日本のマーケティング優先の殺伐とした時代や作品を見ると「ラブ&ピースは無理だわ〜」と思っちゃう。
谷田 海外コメディって、角度こそ違えど多くの笑いは差別ネタですもんね。日本で叩かれた、とんねるずの保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)なんて目じゃないくらい。
現代美術お笑い論とは?
桑原 最近、こういう話を若い人ともするんだけど。いま20歳の息子とかの集まりで会話を聞いていると、全員がツッコミなの。誰もボケに回りたくないんだよ。
谷田 そうなんですか。
桑原 随分前にやついイチロウくんから聞いた話なんだけど、日本のお笑いもみんなツッコミに傾いているそうで、「ここで本当に優れたボケが生まれたら、一気にドーンと行くチャンスがある」と、言われてみれば社会全体がツッコミになっている。この状況でジャンルを超えたクレバーなボケができるかが、新たなクリエーションを生み出す最大の可能性だと思うんだよね。
谷田 ボケたもん勝ちなんですね。
桑原 従来型のボケじゃだめだよ。でも、それを日本人ができたら面白いことが起きるんじゃないかと思っている。谷田さん、そこはどう?
谷田 嫌いじゃないんですよね。
桑原 でも、アートって本当はそこだと思うんですよ。
谷田 お題に対してうまくボケるかぁ、これは深いな。デュシャンとかまさにそうですからね。ボケのデュシャンと、ツッコミのロスコ…。現代美術はボケそのものですよね。村上隆さんはボケもツッコミも備えている気がするし…。笑いと現代美術をうまく合わせて論じるのは面白いかもしれないですね。
桑原 現代美術お笑い論(笑)
谷田 すごいまとまり方しましたね。
桑原 そうだね。対談はここで終えて、もう少し呑みながら話をしましょうか。今日はありがとうございました。
今は優しい音楽しか聞かないけど爽健美茶のラップも好き。
- Stro
- From Me ft. Marco Mckinnis
- Boogie
- Violence (Audio) ft. Masego
- Kiana Ledé
- EX (Remix) ft. Lil Baby
- Rexx Life Raj
- Never Change
- NIKI
- Vintage
- Noname, Akenya, Eryn Allen Kane
- Reality Check (feat. Akenya & Eryn Allen Kane)
- Daniel Caesar
- Best Part (feat. H.E.R.)
- Jorja Smith
- Lost & Found (Audio)
- A$AP Ferg
- Harlem Anthem
こなさん みんばんわ。初代選曲家の桑原 茂→です。
今夜のゲスト選曲は、虚構と現実を組み合わせた映像作品を製作する谷田一郎さんの登場です。
現在一人編集のfree paper dictionaryではこれまでも茂木健一郎さんと対談して頂くなど色々な形で参加していただいているとても尊敬するアーティストの一人です。最新のディクショナリー 186号では、aka VJ TECHNOVR / 映像作家谷田一郎さんの大特集を刊行させていただいています。是非一度ご覧ください。
http://freepaperdictionary.com/article/ichirotanida/
さて、そんな谷田さんとはここ半年ほど一献連載「金魂還魂珍献会」と題し、某小田急沿線の蕎麦屋で、人類とアートの未来、はたまた、明日の選曲、月末の支払い、今日の蕎麦、これまでの珍事を男酒の肴に情緒風呂に浸かっております。跳ん♪飛ん♪遁ん♪狂ってる?この問いがアートのドアをノックするリズムですが、狂ったものをつくる人は実は穏やかです。ほっといたら勝手に動き出すsex drive=リビドー(libido)を理性の手綱がどうオトシマエをつけるのか?新しい思想と無意味の意味と哲学と偽と虚構と現実と循環と芸術が渦巻く大海へ林檎と蜂蜜のリズムに乗って谷田一郎は舵を取る。解説付きで読む見るアートに私は興味を抱かないが全身全霊で感じ取る絶壁のアートには人類のあらゆる垣根を無にする役割があるのではないと信じている。広告の世界でトップランナーを走る谷田一郎が再びアートの世界で号砲を鳴らした。期待に胸を膨らませその選曲を楽しもう。
では、つづいて私の選曲です。いつものように、mixcloudで公開中の PirateRadioから、 moichi kuwahara Pirate Radio「 Isn't She Lovely 」
この選曲のタイトルは「Isn’t She Lovely」あの子可愛くない? これは未来への期待の言葉です。私には。スティービー・ワンダーの有名曲ですが、あの子可愛いからナンパしようではなく、あの子の未来へカンパイしよう!という意味です。過去は現在や未来への知恵袋ですが、それは現在の動きによってどうにで変化するものだと思います。今日の納得選曲が過去のNGを抹消するのです。今回の選曲の要は若干20歳のミュージシャン・Tom Mischです。彼はこう言います。” 音楽を金の為するのは違う。朝起きて一杯のコーヒーを飲むように、社会を写す自分を写す鏡のように、ただひたすら、自分自身のために音楽をつくり演奏する。” 生きる為の交換代替え置き換えはもう終わりにしよう。自分自身を鏡に映しその全てを引き受ける。すると、笑顔で踊り出したくなる自分だけの人生が始まる。そして、触れ合う人々を絵がをにする。
初代選曲家 桑原茂一
Ps:[PirateRadio]乗船される皆様へ、乗船時に、twitterを開き、ハッシュタグ #ckpirate を忘れずに呟いてください。乗船客の笑顔に出会いえます。海賊船「Pirate Radio」でお会いすることを楽しみにしています。
moichi kuwahara Pirate Radio「 Isn't She Lovely 」
PROFILE
1965年、東京生まれ。1986年、東洋美術学校卒業後、谷口広樹氏に師事。翌年、ヒロ杉山氏とNeo-Art Group 結成。1996年、John and Jane Doe Inc.を設立。2004年佐藤可士和氏とART DESIGN 結成。2008年、佐内正史氏とmini DVD 結成。
1994年にCGと音楽をリンクさせたCD-ROM作品「UNDERGROUND A TO Z SO OUT」で独自の世界観を表現し、注目を浴びるようになる。CG制作の経験を生かし、ユニークなキャラクターをCMに取り入れた「ラフォーレ グランバザール」のシリーズを皮切りに、CMディレクターとしての活動が始まる。現在は年間30本以上のCMの演出を担当し、谷田の手掛けたCMを目にしない日はない。個人の活動として木彫り、油絵、写真等の作品を制作し、定期的に展覧会も開催している。常に彼の手は休まる事なく動き続けている。
主な受賞歴
1987年 日本グラフィック展 審査員賞
1990年 日本グラフィック展 協賛企業賞
1992年 日本グラフィック展パルコ賞
1996年 東京ADC賞
1999年 N.Y.ADC金賞
出版物
『谷田一郎の仕事と周辺』(六耀社)
『Graphic Wave 10』 谷田一郎・東泉一郎・森本千絵(トランスアート)
『Windows and applen』 谷田一郎・佐内正史(イマココ社)