毎回、AERA STYLE MAGAZINE編集長 山本晃弘氏を招き、ビジネスマンにとって重要なスーツの装いとそれに纏わるルールを紐解く好評企画。今回は、新年度を迎えるこのタイミングに、フレッシャーズを卒業した社会人2?3年目のビジネスマンに焦点を当てます。いよいよ後輩もできて、次なるステップを踏む時期。どんなスーツに袖を通すのが理想なのか? そのポイントと心構えについてお話を伺いしました。いつまでも、気分も装いも新入社員のままじゃいけませんよ!
「就活するときは、9割9分の人が
黒のスーツを着ているんです」
??今回は、フレッシャーズを卒業した2年目以降のビジネスマンが、次に買うべきスーツについてお伺いしたいのですが。
「はい。以前から、ビジネスマンにはネイビーのスーツがもっとも好ましいと言ってきましたが、それは2着目を買おうとしているビジネスマンでも、基本的には変わりません。ただ、その前に黒のスーツに関するお話を少ししておいたほうがいいかもしれませんね」
??黒のスーツは、確かに若いビジネスマンがよく着ているイメージがありますね。どんな現状があるのでしょうか?
「実は、これから就活を始める大学3年生を対象に、就活セミナーを開催しているんですが、そこで自分はスーツの着方について話をさせていただいています。そのセミナーに集まった120人ほどの大学生を見ると、9割9分の人が黒いスーツを着ているんですよ。黒以外を着ている方は、せいぜい3?4人という状態です。かつてリクルートスーツはネイビーが基本でしたが、あるときから黒のスーツが定着したんです」
??そんなに黒の割合が高いんですね。
「そうなんです。これはあくまで私見なんですが、そのルーツはトム・フォードやエディ・スリマンだと考えています(笑)。90年代の終わりに、グッチやディオール オムのデザイナーとして一世を風靡した彼らが、ピタピタの黒のスーツを提案したりタキシードをドレスダウンして着たりしていましたが、トレンドの時差を経てスーツの量販店にもそのスタイルが浸透したんです。お店の方も就活生を接客するときに、“少しおしゃれなほうがいいですよ、パーティにも着ていけますよ”といって対応をしていたんでしょう。おそらく、そうやって定着していったのではないかと推察しています。実際に企業の人事担当者にお話を聞くと、黒のリクルートスーツは2001年ぐらいから出始めて、2003年頃には、ほぼ市場を制圧したとのことです。それが今も続いているんですよ」
??なるほど。ファッショントレンドが巡り巡って、若いビジネスマンたちのスーツとしても定着したんですね。
「そうです。“黒のスーツをビジネスシーンで着るのは日本人だけだ”といってダメ出しをするファッション関係者がいますが、私のなかではルールは常に進化するものなので、就活生に限っては黒のスーツはありだと思うんです。黒のスーツは、今や日本の就活では一つのルールになっているわけですから」
??そうなんですね。そうなると入社する時点では、ほぼ誰もが黒のスーツを着ているということですね。
「4月頃に街のあちこちで黒いスーツを着た集団を目にすると思いますが、新入社員の同期会だなってすぐにわかりますよね(笑)。それで、そのぐらいのタイミングで、まずはビジネスマンのルールを意識しながら、ネイビーのスーツを新たに買ってくださいと伝えています。まずはそれを着て、1?2年社会人を経験して欲しい。そのうえで、次のステップとしてはどんなスーツを買うべきか、それが今回のテーマですね」
「ネイビースーツのあとには、機能素材の
ネイビースーツを買ってください」
??就活で着ていた黒スーツのあとに、ネイビーのスーツを買って着ていたけど、次は何を買い足したらいいのか? ということですね。
「そうです。それに関して、実は一つ参考になる面白いデータがあるんですよ。AERA STYLE MAGAZINEでは、かつて企画を作るために丸の内のビジネスマンを対象にアンケートを実施したんです。20代のビジネスマン100人に対して、“よく着るスーツの色と柄は何か?”を聞きました。そうするとネイビーの無地が32%、ネイビーのストライプが30%、グレーの無地が17%、グレーのストライプが2%、黒の無地が15%、黒のストライプが4%という結果だったんです。ここからわかるのは、若手のビジネスマンは、就活の延長でまだ黒を着ている人たちは多少いるけれど、その割合はフレッシャーズを卒業すれば減るんです。ネイビーのほうがビジネスマンに支持を集めている理由は、精悍に見えるとか、知的に見えるとか、そういうことだと思うんですね。あるいは、包容力があるとか、提案力があるとか、そういうことを求めるのであればグレーのスーツがいい。こういうデータを見ていると、2?3年目のビジネスマンは、もうネイビースーツの有用性をしっかりと理解していることがわかります」
??そうなんですね。それでは、データから見てもネイビースーツをメインで着ている2?3年目のビジネスマンたちは、次にどんなスーツを買うべきなんでしょうか? 単純に他の色のスーツを買うべきだという話でもないと思いますが。
「その問いに対しては、“ネイビーのあとには、機能素材のネイビーを買ってください”とお答えしています。そうすると、機能素材とはどんなものですか? という話になるんですけど、例えば梅雨の前に買おうとなったら撥水性の高いものを意識したほうがいいでしょうし、もう少し経って夏のボーナスが出てからということであれば、ストレッチが効いて着心地が快適なスーツのほうがいいかもしれません。あと最近機能で注目すべきなのは、強度の高いもの、使われている糸の番手が低いものですね」
??なるほど。ネイビーのあとには、機能性の高いネイビーを手に入れるということですね。機能素材に関して、もう少し具体的にはどういうものが好ましいのでしょうか?
「機能素材は、クールビズがスタートしたときに世に溢れましたよね。でも数年したら、化学繊維の機能性スーツやジャケットに対してネガティブな意見も聞かれるようになりました。それから天然素材の支持率が逆に上がったんです。そして天然素材ではあるけれども、織り方でストレッチが効いているとか、糸に対する加工で撥水が施されているとか、そういう機能性も持ち合わせたスーツが出てきています。今は、そういった機能的な天然素材のネイビースーツをオススメしています」
同系色の濃淡でVゾーンを彩ったネイビースーツの装い。社会人2?3年目のビジネスマンなら、見た目はこちらのようにベーシックでもシチュエーションを考慮して、機能性の高い素材使いを意識したい。そうすることで、より仕事のパフォーマンスレベルも高まります。
スーツ ¥83,000(+tax)/SHIPS
シャツ ¥20,300(+tax)/GUY ROVER
ネクタイ ¥14,800(+tax)/Errico Formicola
イタリアの名門「ロロ・ピアーナ」社の“MOOVING”は、ポリウレタンを1%混紡することでストレッチ性を高めた注目生地の一つ。天然素材の風合いを損なわずに、動きやすさも追求しているため、多くの若手ビジネスマンからも支持されています。
??機能のなかでも特に重視すべきものはありますか?
「強度は、機能のなかでも特に重要かもしれませんね。実はパンツが破れた経験のあるビジネスマンはいっぱいいるんですよ。先日、あるブランドのイベントでトークショーを開催したんですが、そのときに集まっていただいた方々に“素材がsuper120’sやsuper150’sという理由で、スーツを購入したことがありますか?”と尋ねると、結構みなさん手を挙げるんですよ。それで、“このなかで自転車通勤している方はいらっしゃいますか?”と聞くと、やはり何人か手を挙げるんですね。即座に“それは破れますよ!” とアドバイスしたんです。多くの方が“super”という言葉に惑わされていますが、あれは番手が高いほど細いということですから、光沢感や高級感は増しますが一方でそれだけデリケートということになります。そういう話をすると、“えーっ!”と驚かれるんです。そのイベントでは、天然素材100%ではないですけど、コーデュラナイロンを糸に織り込んだコンバットウールのスーツを提案したんですが、かなり好評でした」
??確かにビジネスマンがスーツを長く着るには、強度がまず大切ですね。自分に必要な機能を適切に捉えて選ぶことも重要な気がします。
「そうです。スーツを選ぶときは、まずは色や柄という話になると思うんですが、お店の方に自分がどういうシチュエーションで着るのかというお話をして、相談しながら機能も選んでいく必要があります。自分にとってベネフィットとなる、つまり役に立つスーツをご紹介いただけませんか? と尋ねれば、“梅雨時は撥水性が高いほうがいいですよ”、とか“外回りするなら軽量のものがいいですよ”、“出張に行くならシワになりにくいものがいいですよ”、といった感じで提案していただけると思うんですね。自分がどういうシチュエーションで着るのかをしっかりと踏まえれば、必要な機能も見えてくるはずなんです。自分のニーズに対する回答となるスーツを買いに行ったお店の方に求めて、ネイビーの2着目を買うのが有意義だと思います」
??社会経験がないうちは、スーツを着るシチュエーションが自分でもよくわからないですが、2?3年目ともなれば自分のニーズも具体的にわかってきますよね。
「そうなんですよ。出張に行ってそのままゴルフの接待があるけど、このスーツでクラブハウスに行っていいのかな? とか、そういうシチュエーションが思い浮かんできて、それに対してベネフィットのある機能性を持っている素材のネイビースーツを買うのがいいと思うんです。そこには、買う理由があるわけです。新しいスーツを買う大きなモチベーションにもなりますし、買ったスーツに思い入れが持てますよね。さらにそうやって買うようになると、洋服や素材にも興味を持つようになるんです」
「これまで自分が着けてこなかった
ネクタイを選ぶことも大切です」
??なるほど。2着目のスーツは今よりも機能性の高いネイビーを選ぶとして、ネクタイはどうでしょうか? 2?3年目なら、バリエーションを広げていきたい時期でもありますが。
「次は、Vゾーンの話ですね。まず、就活生やフレッシュマンの方は、ほぼ9割がストライプのネクタイをしているんですよ。ドットや、ましてやソリッド(無地)タイをしている人はほぼいない。最近は、ドットやペイズリーといったクラシックな柄が流行ってきていますが、まずはソリッドタイをすると、実は一気にお洒落度がアップするんですよ。ただ、ソリッドタイをネイビーの無地のスーツに合わせると、とても地味になってしまいます。それはそれで、トーンオントーンの高度なコーディネイトとして成立しますけどね。ネイビーのソリッドタイを着けるなら、例えばジャケットは薄いチェック柄を選ぶのがいいと思います。チェックはストライプよりハードルが高いと思われていて、ネイビーのチェックのスーツを選ぶ人は実際は少ないんです。でも今は、遠目には無地調に見えるシャドーチェックのスーツが出てきていますから、そういうものにネイビーのソリッドタイをビシっと合わせると、いきなりワンランク上がったような見え方になります。合わせるネクタイをイメージしてスーツ選びをすれば、バリエーションも広がりますよね」
今は、遠目には無地と印象が変わらない薄いチェック柄のネイビースーツも数多く登場しています。地味になり過ぎるのを回避したいなら、これらのスーツを2着目にするというのは賢い選択。
スーツ ¥83,000(+tax)/SHIPS
ソリッドタイは、若いビジネスマンは敬遠する傾向がありますが、シャツやスーツと濃淡を上手に組み合わせることができれば、お洒落度は一気にアップします。上のようなうっすらと見えるチェック柄スーツに合わせれば、地味に見えることもありません。
ネクタイ(左から
¥14,800(+tax)/Errico Formicola
¥16,600(+tax)/Nicky
¥13,800(+tax)/BREUER
¥14,800(+tax)/stefanobigi
¥13,800(+tax)/BREUER
??社会人2年目、3年目ともなれば、そんなふうにフレッシャーズよりネクタイ選びもスマートにできて欲しいですよね。
「そうですね。ネクタイのバリエーションを増やしていく時期だと思います。ただ、まず大前提として適正な幅のネクタイを買って欲しいです。今は多くの若いビジネスマンが着けているネクタイが細すぎるんですよ。数年前のファッショントレンドの影響かもしれませんが、ビジネスシーンでは大間違いなんです。あと、寒色系のネクタイなら寒色系ばかり買う方が多いんですね。Vゾーンで顔の印象は大きく変わりますので、状況によってはこれまで着けてこなかったネクタイを選ぶことも大切です。例えば、自分はアグレッシブな人間であるというということを表現するためには、赤などの強い色のネクタイもいいですし、誠実な人間だということをアピールするなら寒色系にしたほうがいい。包容力があります、優しい人間ですよというならば黄色系にしてみてもいいんです。柄でいえば、ストライプは精悍なイメージがありますし、ドットや小紋柄ですと優しい感じになる。ソリッドになると、より精悍で知的な感じになりますしね」
スーツ ¥83,000(+tax)/SHIPS
シャツ ¥16,600(+tax)/SHIPS
ネクタイ ¥14,800(+tax)/stefanobigi
スーツ ¥83,000(+tax)/SHIPS
シャツ ¥20,300(+tax)/GUY ROVER
ネクタイ ¥16,600(+tax)/Nicky
若いビジネスマンが誰もが持っているストライプ柄のネクタイも、寒色系と暖色系では、同じスーツに合わせたときのイメージが全然違います。ソリッドタイに抵抗があるなら、今持っているストライプ柄のネクタイとまったくテイストの異なるカラーリングを選ぶだけで、自分のキャラクターのイメージも広がるはずです。まずは、同じようなVゾーンのルーティーンから脱却しましょう。
??なるほど。スーツを着た自分のイメージを広げていくには、やはりネクタイ選びもかなり重要ですね。
「そうです。そういう意味でも、ネクタイ選びは、基本は自分の好みではなく、お店の方に提案していただいたものにしたほうがいいんです。自分の好みで選ぶと、どうしても同じようなものばかりになってしまいますから。お店の方に言われたら、それを買う。薦められたものが、どうしても違うという場合には、次のおすすめは、と聞くべきです。そうやって自分の印象がどう変わるかを客観的な意見を聞きながら学んでいけば、シチュエーションによって着こなしを変えられる上級者になっていけます。ですから、バリエーションを広げるためにネクタイを買うなら、まずお店に行って、いつもと違うものが欲しいということをしっかりと伝えることが大切ですね」
華やかな暖色のネクタイを、“自分には似合わない”と決めつけて最初から排除するのは間違いです。まずはお店の方にアドバイスを仰ぎ、自分の好み以外のネクタイを合わせてみる。装いの幅が広がるきっかけになるはずです。
ネクタイ(左から)
¥16,600(+tax)/Nicky
¥13,800(+tax)/BREUER
¥13,800(+tax)/BREUER
¥16,600(+tax)/Nicky
¥14,800(+tax)/stefanobigi
「“いいものを長く着る”とは、
“同じものをずっと着る”ことではないんです」
??確かに、自分の価値観でネクタイを選んでいると似たようなものばかりになって、印象も変えられませんね。では、がらっと印象を変えるということで、ネイビーとはまったく異なる色のスーツを着るのはどうなのでしょうか? 今年はベージュ系のスーツも多いようですが?
「確かにベージュ系の提案は多いですね。男の三原色はネイビー、グレー、ブラウンだと言われますが、ベージュはブラウンの延長線上にあるものだとは思います。でも、普通のビジネスマンには非常に難しいと思います。ただ、コットンスーツとか、スポーツメーカーが作っているセットアップのスーツなどを、状況をしっかりと考えたうえで着ることは、場合によってはありだと思います。デスクワークと社内の打ち合わせだけでスケジュールが埋まっている日だとか、夜にパートナーとお食事に出かけるときなどであれば、ベージュ系のスーツはありだと思います。でも、いわゆるビジネスの一軍スーツとして、クライアント廻りをするとか、プレゼンテーションをするとか、ハードルの高い交渉をするというときのスーツとしては、ベージュやブラウンはマッチしないと思いますよ」
??あくまでビジネスシーンを中心に考えるなら、ベージュのスーツは選択肢にはならないとうことですね。
「そうですね。でも、スーツのバリエーションが広がってきたのは、非常にいいことだと思っています。スーツが、着て楽しむアイテムになってきたことは、大きな変化ですし。 “いいものを長く着る”というのは、“同じものをずっと着る”ということとは違うんですよ。ビジネスマンは、営業もしてデスクワークもしてパートナーとデートもします。あるいは、ビーチに行くことだってあります。それぞれのシチュエーションにとっていいものとは? というふうに考えるべきなんです。例えばコットンのベージュスーツなら、裾を捲り上げてキャンバスのスニーカーを履いてリゾートに行ってもいい。そういうふうに、時と場合によって、いろいろなスーツを着る楽しみが増えていくのは、すごくいいことだと思いますね」
春夏の提案で目立っているベージュのスーツは、残念ながらビジネスには不向き。とはいえ、自身のライフスタイルに上手に取り入れられるなら、ぜひともトライすべきです。社会人2?3年目なら、用途やシチュエーションに合わせたスーツ選びを意識する時期でもあります。
スーツ ¥74,000(+tax)/SHIPS
シャツ ¥16,600(+tax)/SHIPS
ネクタイ ¥14,800(+tax)/Errico Formicola
??確かに、社会人経験を積むと同時に、シチュエーションに合わせていろいろなスーツが着こなせるのが理想ですね。何年経ってもスーツの着方、コーディネイトが変わらないということは、自分自身が成長していないということなのかもしれません。
「そういうことですね。でも、スーツの着方が進化していないとするならば、それは食わず嫌いをしているか、買いに行ったお店の方に対して、自分が提案を求めているという意思表示をちゃんとしていない可能性があります。まずはきちんとした提案力のあるお店に行くべきですし、自分がどういうものが欲しいのか、どういうシチュエーションで着るスーツが必要なのかをしっかり意思表示すべきです。いいお店に行って、正しいスーツの着こなしや、次の着こなしステップを教えてもらうことは大切なんです。社会人経験を積んでいきながら、お店に足を運んでいけば、自ずとスーツの着こなしも進化していけると思いますよ」
山本晃弘 Teruhiro Yamamoto
AERA STYLE MAGAZINE編集長。MEN’S CLUB、GQ JAPANなどを経て、2008年より現職。最先端モードから服飾史に至るまで、ファッションに関するあらゆる見識を備えた“目利き”としても知られている。現在は、トークショーやイベントなどを通して、装いやファッションに関する素朴な疑問に答えるアドバイザーとしても活動。朝日新聞デジタルにて「男の服飾モノ語り」を連載中。
http://www.asahi.com/and_M/style/yamamoto_list.html
https://www.amazon.co.jp/dp/B06W5XZYTR
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