AERA STYLE MAGAZINE編集長の山本氏を招き、ビジネスマンの装いのルールを紐解いてきた好評企画。第三回は、少しベクトルを変えてビジネスマンのライフスタイルに目を向けるべく、打ち合わせや商談、そしてプライベートでも何かと重宝するホテルの活用法について伺った。丸の内や大手町には、歴史ある著名なホテルが多々あるが、ビジネスマンはその有用性をもっと意識すべきとのこと。確かにオンでもオフでもリラックスした良質な時間を提供してくれるホテルは、賢く活用したいもの。今回もビジネスマンは必読!
ーー今回はホテルの活用法についてお話いただきますが、その前に、ビジネスマンにとって欠かせない打ち合わせや会食で利用するお店選びをする際の、注意すべき基準のようなものはあるのでしょうか?
山本「そうですね、まず私自身のお店選びの基準をお話させていただきますと、食事にしてもお酒を飲みに行くにしても、それがプライベートでもビジネスでも、決まったお店に行くほうがいいと思っているんですね。もちろん、行きつけにしていたレストランのシェフがどこのお店に移ったとか、どういうお店が新しくできたとか、どういうレストランが流行っているとか、どこが星を獲ったとか(笑)、そういう情報は常に耳に入るんですが、それに合わせて行くお店を変えるのは好ましくないですし、格好悪いなとも思うんですよ。例えば、寿司屋であれば、会社の近所に一軒と家の近所に行きつけが一軒ずつあれば、そこにずっと通えばいいと思っています。決めたお店に通うことで関係性ができてきて、おいしいものが食べられたり、より心地よい時間が得られたりすると思うんですよ」
今回の取材は、パレスホテル東京にて行われた。山本氏が「季節の移り変わりが感じられる心地よい場所」として指定したのは、1階ロビーの奥にあるグランド キッチンのテラス席。打ち合わせはもちろん、特別な休日を過ごすのにも最高の空間だ。
パレスホテル東京
東京都千代田区丸の内1-1-1
Tel:03-3211-5211(代表)
Tel:03-3211-5364(グランド キッチン直通)
http://www.palacehoteltokyo.com/
ーーなるほど。いわゆる“今、話題のお店”を常に知っている必要はないわけですね。
山本「その必要はないと思います。一番ダメなのは、接待で利用するお店をネットで調べて、自分も初めていくので、何が美味しいかわからないというような状況ですよね(笑)。やはり、このお店はこれが美味しいですよ、化粧室はあそこですよって伝えられるほうがいいですし、それでこそ接待する側もされる側も楽しめるんです。自分が行きつけにするお店の条件としては、例えば眺めがいいとか、音楽がいいとか、客層がマッチしていてリラックスできるとか、好きな場所になる条件がいくつかあります」
ーービジネスマンとしては、そういうお店がいくつかあるのが理想ですね。では、今回の本題であるホテルはそういったお店とはちょっと利用法が変わってくるんですか?
山本「そうですね。自分の行きつけのお店を選ぶときは、設えとしては一軒家が理想です。昔からの知人に久しぶりに会うときや、仕事の関係者でも親しい方であれば、そういうお店にお誘いすることもあります。ただ、ビジネスで初めて会食する方を突然そういうお店にお連れして、ぐっと近づき過ぎるのが場合によっては失礼になることもあるんですね。お洋服は人と人との間にあるものだと前々回のインタビューで言いましたが、それと同じで接待する場所も人と人の間にあるものなので、まずは公共性の高い場所のほうがいいわけです。そうなるとやはりホテルが一番いいんですよ」
ーー確かにそうですね。公共性という意味ではホテルに勝るものはありませんね。
山本「はい。ただ、ホテルにもそれぞれキャラクターがあります。得意なもの、不得意なものがありますから、それはしっかりと見極めて、場合に応じて上手に使い分けるべきだと思います。ただ、著名なホテルはどこも必然的にみなさんにとって便利な場所にあります。アクセスがしやすくて、タクシーに乗っても名前さえ言えば連れて行ってもらえます。地下鉄の駅と繋がっていることも多いですから、帰りもスムーズなんです。そう考えていくと、ホテルはいいことだらけ。オフィシャルな会合をするなら、これほど使い勝手の良い場所はないんですよ」
ーー確かに接待や会食で利用するのにあれこれお店を悩むなら、著名なホテルを活用するというのは賢い選択ですね。加えて、休日もホテルを有意義に利用することもできるのではないでしょうか?
山本「そのとおりですね。ホテルに行く週末っていうのは、気持ちを上げたいときとか、テラスでブランチをして季節の移り変わりを満喫するとか、ちょっとした特別感を味わうときですよね。自分もそういうときに利用をします。例えばパートナーの誕生日や、子供の入学や卒業の記念などに、家族で利用するのもいいですよね」
ーー丸の内で働いているビジネスマンは、会社の近くにたくさんホテルがあっても、休日利用するという方は少ないかもしれませんね。
山本「丸の内や大手町に関しては、平日と休日で集う人がまったく違うエリアなんですね。休日はすごく静かですし、クリーンで広々とした街ですから、ビジネスマンはもっと街自体やそこにあるホテルを有効に使っていいのではないかと思います。丸の内1-1-1という特別な住所を持つパレスホテル東京は、このテラスからも部屋からも、お堀の水面、丸の内の高層ビル、そして奥に東京タワーが見えますから、“THIS IS TOKYO”という景色が楽しめるんです。このホテルからの眺めは、東京のホテルのなかでも飛び抜けて美しいと思いますよ」
パレスホテル東京「グランド キッチン」の目の前には、美しい東京の水景が広がっている。
優雅な白鳥の姿も見られる。
ーー丸の内は世界有数のオフィス街ですが、ホテルからの眺めも格別なエリアだと言えるのかもしれませんね。
山本「そうなんです。ちょっと話が脱線しますが、東京の景色は1964年の東京オリンピックのときに大きく変わったんですよ。私の知る限りで一番大きく変わった点は、美しい水景を失ったということです。もともとは銀座にも築地にも川があったんですが、オリンピックを機に、そこに高速道路を造ったり埋め立てて建造物を建てたりしてしまったんです。日本橋の風景などはその典型ですよね。世界の都市を見たときに、パリもロンドンもニューヨークも、どこも川と調和した都市の美しさがあるんですよ。東京にも元々美しい水景があったんですが、丸の内に来るとそれを思い起こさせてくれます。そういう意味でも、ここは特別な場所だと思いますね」
新緑の季節を堪能しながら、シャンパン片手に味わいたいメニュー。
トリュフソルトを添えたフライドポテト
¥1,400
シュリンプと茸のアヒージョ
¥1,250
カプレーゼサラダ
¥1,950
ーーそういった美しい景色をゆっくり楽しむことができるという意味でも、丸の内や大手町のホテルは貴重なんですね。
山本「リラックスするという意味では、家の近くのお好み焼き屋でも焼き鳥屋でも、バルでもカフェでもいいわけです。ただ、そうではない大人の週末の楽しみ方の一つとして、ホテルでの特別な時間があってもいいのではないかと思います」
ーー確かに自分たちの働いているオフィスの近くに、ホテルという優れたリラックス空間があるのに、それを有効活用していないのはもったいないですね。
山本「そうなんです。特別な空間や時間を楽しむということは、星のついたレストランに行くとか、高級なヴィンテージワインを飲むとか、そういうことだけではないんです。そういうバブルな楽しみ方ではなくて、今はもうちょっと形の違うリラックスの仕方があると思うんですね。良質なサービスとゆったりとした時間を楽しむ。そのためだけにでもホテルを活用するのは、有意義なことです」
ーーなるほど。大人の時間を満喫する場所の一つとしてビジネスマンはもっとホテルを使うべきですね。あと、ホテルと言えばラウンジなどを打ち合わせで利用することも多々あると思うのですが、お薦めの利用法や場所はありますか?
山本「やはりラウンジと言えば帝国ホテル、個人的にもよく利用させていただいています。まず、足を踏み入れたときの高揚感といいますか、気持ちをしゃんとさせられるといいますか、いい仕事しなきゃと思わせてくれる佇まいが特別ですよね。今は、昔ながらの大きな喫茶店や落ち着いて打ち合わせができるスペースが街になくなってきています。例えばスターバックスは便利ですが、席がなかなか空いていないですよね。自分自身も新聞を読んだり、その日にやることを頭のなかで整理したりするのに毎朝利用するんですが、スタッフとの打ち合わせをする場所として考えると、席を確保できない時点で選択肢になりません」
ーー確かにスターバックスは、一人で何かをするには非常にいい空間ですが、ゆっくり他者と打ち合わせをするには不向きかもしれないですね。
山本「落ち着いて誰かとお話しをする場合は、やはりホテルのティーサロンが適しています。なかでも昔からの設えが変わらなくて、世のビジネスマン誰もが知っている帝国ホテルのラウンジっていうのは、打ち合わせをするには東京でもベストな場所の一つと言ってもいいでしょう。ほぼ、席が空いていないことはありませんし、ちょっとしたテーブルのスペースもありますから、資料を広げることもできます。時間をずらして複数の打ち合わせを組んでも嫌がられることはないですよね」
帝国ホテル 東京のラウンジ「ランデブーラウンジ」。無数のガラスブロックを施した通称“光の壁”が柔らかな照明と調和してモダンな空間を作り上げている。ゆっくりと打ち合わせをするには、まさに理想的。
帝国ホテル 東京
東京都千代田区内幸町1-1-1
Tel:03-3504-1111(代表)
Tel:03-3539-8045(直通)
http://www.imperialhotel.co.jp/j/
ーー確かにそうですね。帝国ホテルに代表されるような歴史ある日本のホテルのラウンジが、独特の雰囲気を持っているのはなぜだと思いますか?
山本「一つは空間の取り方だと思います。最近の外資系のホテルにも良さはありますが、オークラや帝国ホテルのジャパニーズクラシックモダンを体現した空間の取り方は、ゆったりとした時間の流れも昭和な感じがして好きなんですよ(笑)。だからといって、単なる懐古主義でもありませんし。何より、そういった時間を大切にする大人たちが集まってくる独特の雰囲気があるんだと思います。そこにいる人の感じもまた重要ですよね」
ーーいいホテルには、それを大切にする人が集まるということですね。そういう場所は、確かに減っていますね。
山本「そうなんです。本来ホテルというのは、おじさんだけとか、若者だけとかではなくて、様々な年代の人たちがいる場所なんです。地方から来た人も都会で働いている人も、家族連れもいる。そういう空間だからこそ、限られた人だけが集まる場所よりも多くの人がリラックスできると思うんですよ」
ーーそれがホテルの良さでもあるということですね。
山本「いいホテルには、そういう様々な人たちを受け入れる空間と設えがあると思うんですよ。それが公共性という言葉の意味です。一方で、今はホテルにもいろいろなスタイルがありますよね。近年で言えば、アマン東京に代表される最先端の外資系ホテルは、ロビーが上階にあって、クラシックなホテルとはまた少しニュアンスが違います。VIPや特別なお客様に会う、もしくはプライベートやデートでスペシャルな時間や空間を満喫したいというときには非常にマッチしますよね。それはそれでとても魅力的ですし、そういうホテルごとの特性を理解してビジネスマンは幅広く利用すべきだと思います」
世界中に30軒のホテルを手がけるアマンが、満を持して2014年12月に大手町タワーにオープンさせた「アマン東京」。33階にあるロビーは、吹き抜けの圧倒的な空間が特徴だ。天気がいい日に望む富士山や東京のビル群が一望できるロケーションに加えて、日本家屋の伝統美や機能性が見事に融合したスタイリッシュなデザインは、クラシックなホテルとは一線を画する。ビジネスマンなら、特別なお客様を招く際やプライベートでの利用に適している。
アマン東京
東京都千代田区大手町1-5-6
大手町タワー
Tel:03-5224-3333
amantokyo.com
ーー利用目的によって活用するホテルも変わってくるということですね。あと山本さんは、ホテルの理容店も推奨されていますが、その魅力はどこにあるのでしょうか?
山本「ホテルオークラ東京にある米倉は、昔から政治家や経済人などが良く行くお店として知られています。実は私は、仕事の合間に休息を兼ねて散髪に行くことがあるんです。仕事が立て込んで徹夜をしたときなどに、ランチタイムに合わせて髪を切って髭を剃ってもらいながら30〜40分ぐらいウトウトするんですよ。その時間はすごく幸福を感じるんですね(笑)。いつもハイパーに分刻みで動いている中で、スポンと何もしないで、無我になる時間がとにかく気持ちがいいんです。歴史のあるホテルには、同様に歴史のある理髪店がありますからお薦めします。何より心のこもったサービスが受けられますし、ゆったりとした時間を堪能できるんですよ」
山本氏が推奨する理容「米倉」の歴史は古く、創業は1918年まで遡る。ホテルオークラ東京店をオープンしたのは1962年。日本を動かしてきた多くの有名政治家や経済界の重鎮などが足繁く通った店としても知られている。ボサムシャツに蝶ネクタイをしたスタッフの装いもなんとも上品で、クラシックな店内にマッチしている。ちなみに会長の米倉 宏氏は、81歳になられた今でも現役で「安心と楽しみを売る」という基本理念をモットーに髪を切り続けている。※カットは¥9,180-
米倉 ホテルオークラ東京店
東京都港区虎ノ門2-10-4
ホテルオークラ東京地下1階
Tel:03-3584-0786
http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/
http://www.ginza-yonekura.com/
ーーそういったホテルの使い方は、認識していないビジネスマンも多いですね。ホテルで敢えてゆっくりと髪を切るというのは、大人にふさわしい贅沢な時間の使い方ですね。
山本「ホテルというのは、お仕事のなかで有効に利用することもできますし、特別な休日を演出するのにも役立ちます。ビジネスマンの身近な場所にありながら、すっぽりと選択肢のなかから抜け落ちてしまっている感じがするんですね。休日に宿泊してみるのもよし、ティーサロンや理髪店などを利用するもよし、ホテルをもっと活用することで仕事もプライベートも充実させることができると思いますよ」
山本晃弘
Teruhiro Yamamoto
AERA STYLE MAGAZINE編集長。MEN’S CLUB、GQ JAPANなどを経て、2008年より現職。服飾史からモードまで熟知した見識で、的確にモノをセレクトする目利きとして、多くのトークショーやイベントなどにも参加。食通としても知られる。現在は、ファッションに関する素朴な疑問に答えるアドバイザーとしても幅広く活動している。朝日新聞デジタルにて「男の服飾モノ語り」を連載中。
http://www.asahi.com/and_M/style/yamamoto_list.html