AERA STYLE MAGAZINE 編集長 山本晃弘氏に訊く!  オーダースーツの意義 AERA STYLE MAGAZINE 編集長 山本晃弘氏に訊く!  オーダースーツの意義

AERA STYLE MAGAZINE 編集長 山本晃弘氏に訊く!
オーダースーツの意義

ビジネスマンのスーツに関するルールや、それに付随した小物選びなどを紐解いてきた好評企画。今回はいよいよ実践編として、山本氏にSHIPS銀座店にてスーツをオーダーしていただいた。実際にどんなやりとりをして理想のスーツを作るのか? ビジネスマンなら気になるであろうそんな素朴な疑問に答えるべく、採寸やディテール選びの様子を追跡しながら、オーダーする際の大切なポイントを語っていただいた。これまで何着もスーツをオーダーしてきたベテランのビジネスマンも、来春に向けて初めてスーツを作ろうと考えているフレッシャーズも必読!   

「まずは、アウトプットのイメージを
明確に持っておくことが重要です」

ーー今回はオーダースーツの実践となりましたが、どんなイメージでオーダーされたのでしょうか?

「英国調を基調にしたクラシックなものをイメージしました。スーツをオーダーするモチベーションはいろいろあると思うんですが、昨今スーツのシルエットが変わってきていますので、この機会にそれを少し意識したものを作ろうと思ったんです。だからといってあんまりトレンドが色濃く出過ぎたものは、自分の望むところではありませんので、そうならないように意図をしっかりとお伝えしました」

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ショップの担当者に作りたいスーツ全体のイメージを伝える。これがオーダースーツの一番大切なキモ。それを確認した上で、担当者から質問や提案が投げかけられる。

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そこから採寸。まずは担当者から、好みのサイズや普段のサイズ感などを聞かれることが多い。自分の要望をしっかりと伝えることが大切だ。わからなければ、担当者に逆に質問をして、サイズの基本ルールや昨今のトレンドを聞いた上でシルエットを決めていけばよい。ジャケットであれば手を動かしたときのシャツの見え方や着丈、パンツであれば立ち姿はもちろんドレスシューズとのバランスなどを考慮して細かくシルエットを決めていく。担当者の経験やセンス、さじ加減が出来上がりを大きく左右する。

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採寸したデータはシートに細かく書き込まれていく。まるで病院のカルテのごとく、一人ひとりのニーズや特徴も記録される。

ーートレンドを多少意識した英国調のシルエットといいますと、具体的にはどういったイメージを伝えたのでしょうか?

「簡単に言えば、パンツはワタリ幅に少しゆとりがありつつ裾に向けて程よくテーパードのかかったシルエット。ジャケットの着丈は若干長めというイメージですね。そういうスーツを、自分の体型や職種、着るシチュエーションを考えたうえで作りたいと思ったんです」

ーーなるほど。さらに細かなポイントについて伺う前に、まずスーツをオーダーする際に一番大切なことはなんだと思われますか?

「最初に出来上がりのイメージを明確に持っておくことが重要だと思います。お店に来てから考え始めると、生地見本などを見て迷ってしまいますからね。でも、出来上がりのイメージを難しく考える必要はなくて、例えば映画で見た主人公が着ていたダブルのスーツにトライしてみたいとか、そういうことでいいんです。自分もかつて若い頃は、とにかくクラシックなスーツが着たくて、30年代のギャングみたいなスーツが欲しいとオーダーしたこともありました。まずは、自分はどういう男像を思い描いているのかをお店の方に伝えるべきなんです。そうするとお店の方から、それなら2プリーツのパンツがいいですね、とか、色はネイビーがいいですねとか、柄はストライプがお勧めですよというようなサジェストが出てきて、コミュニケーションが生まれるんです。ですから、まずは自分のなかでスーツを纏ったイメージを描いておくことが重要だと思います」

ーーそういった憧れの男性像でしたらすぐ思い描けそうですし、オーダーに行くときも気が楽になりますね。

「そうです。スーツに関する専門的な知識がそこまでなくてもいいんです。それと、自分のワードローブに何があるのかをちゃんと覚えておくことも大事ですね。秋冬のスーツは何色と何色を持っているのか、シングルとダブルでどういうバリエーションを持っているのか、そういうことをちゃんと知っておくべきなんです。よく言うんですが、男性は一生のうちに着る服の数や種類というのはある程度決まっていて、それを称してワードローブというんです。それを順番に買っていけばいいので、それ以上に持つ必要はなく、逆にそれよりも少ないアイテムを繰り返し着るべきでもない。言わば、持つべき服の適正な数と種類があるんです。ですから自分のワードローブを把握したうえで、グレーなのかネイビーなのか、紡毛なのか梳毛なのか、シングルなのかダブルなのか、そういう選択肢のなかで今は何が必要かをバランスを考慮して決めたほうがいいと思います。もし、それがわからなければ、“今持っているのはこういうものなんですけど、買い足すとしたら何がいいですか?”とお店の方に相談すればいいんです」

「スーツをオーダーすることが
マイストアを持つきっかけになるんです」

ーーそうなると、お店側にも自分のワードローブや趣向を、ある程度理解してもらえてスムーズですね。

「その通りです。ですからスーツをオーダーしたり、他のアイテムを買うときにも必ず同じお店に行くことが重要なんです。いわゆる“マイストア”を持つということですね。もちろんそれは、百貨店であってもセレクトショプであってもいいんですよ。ただ、特定のブランドのストアですとその年のトレンドに左右されますから、できればバリエーションを選べるところがいいですね。クラシックなものからトレンドを押さえたものまで、幅広く取り揃えているお店がベターということです。そういう意味では、やはりセレクトショップがいいと思います」

ーーなるほど、マイストアを持つことの重要性も理解できました。しかも、できれば担当者も毎回一緒がいいということですね。

「そういうことです。担当の方が毎回同じなら、昨年こういうスーツを買われましたよね、とか、この前買ったカジュアルシャツにもコーディネイトできますよ、という具合に自分のワードローブを管理していただけるようになるんです。そういった意味でAERA STYLE MAGAZINEでは、マイストアを持つのはビジネスマンにとって必要なルールであると説いていますが、そのきっかけになるのがスーツをオーダーすることなんです。スーツをオーダーするとそのお店に通うようになり、そこでお店の方とコミュニケーションが密になって、洋服をより知ることになるんです。そういう関係性ができてると、“ドーメルはこういう生地ブランドだ”とか、“細番手のシャツはこういう質感だ”とか、専門的なことが少しづつわかるようになっていくんですね」

ーースーツをオーダーすると、そういう利点もあるんですね。他にはメリットはありますか?

「以前のインタビューでもお話ししましたが、スーツの“ルールNo.0”は、サイズの合ったものを着るということです。でも自分のジャストサイズを、実はみなさんわからないんです。それが、スーツをオーダーするためにお店の方とやりとりをすると、自分にマッチするサイズ感や目安を教えていただいたり、ジャケットのシワの入り方を指摘されたりしながら、本当の適正サイズがわかってくるんです。自分のジャストサイズを考えるコツがわかるとでもいいますか。さらに自分のどっちの手が長いとか、そういうこともわかってきますので、体の特徴やそれに合う正しいスーツの選び方のポイントが掴めるんです」

ーー自分のサイズがわかるというのは、確かに重要ですね。それをわかったとして、初めて来店するお店でスーツをオーダーする際に注意すべき点はありますか?

「できれば、自分の普段着ているスーツを着用して行ったほうがいいです。“どういうスーツを普段着ていらっしゃいますか?”と、お店の方に質問されることもありますから。カジュアルな格好で行くと、職業や職種がわからず、ショップ側もお勧めするスーツのシルエットや生地をイメージしにくいんですね。普段着ているスーツを着て行けば自分のスタイルやサイズ感が伝わるので、お店とのコミュニケーションが取りやすくなるんです。好みの生地メーカーを伝えたり、番手(生地に使っている糸の細さ)を伝えたりする必要はまったくなくて、それはむしろプロに任せればいい。普段着ているスーツを着用していくことがどうしても難しければ、少なくともドレスシャツを着て行く、あるいはドレスシューズを履いて行くなどすれば、スーツをオーダーする際のコミュニケーションがしやすくなりますね」

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採寸を終えて一息ついたら、約1,000種類を揃えるバンチの中から生地をセレクトする。今回は「英国調」をテーマに、やや光沢感のある“ハリソンズ”のチョークストライプ生地をセレクト。

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生地が決まったら、袖裏の生地やボタン、ネームを入れる際の糸の色といったオプションを決めて終了。

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約4週間後、再び来店。まずは全体の雰囲気を見ながら、ディテールも細かくチェック。裏地のネーム刺繍なども確認する。

ーーできあがったスーツに袖を通すというのは、特別な瞬間ですか?

「やはり、上がってきたスーツを着る瞬間は一番好きですね。例えば編集者として雑誌作りをするなかでどの瞬間が一番好きかというと、自分はページのデザインが上がってくるときなんですね。イメージしていたものが、目の前に形になってパッと広がる瞬間といいますか。スーツに関しても、まさにそうです。いろいろとイメージをしてオーダーしたものが形になる瞬間というのは、非常にダイナミックですし、そういう喜びを味わいたいがためにスーツをオーダーする部分もあります。何度オーダースーツを作っても、着た瞬間に自分がイメージしていたものとちょっとした違いが生じるんです。広がりがあったり、ズレたりする。でも、それが面白いんですね。仮に自分の想定通りになってしまったとしたら、それは70点か80点留まりということなんです。自分の想定より上にブレたり横にブレたりすることで、“こうなったのか!”という意外な発見があって、90点、100点になる。完成したこのスーツはまさにそういうスーツだと思いますよ」

ーー率直な感想をお聞かせください。

「じつは、もうちょっと押し出しの強いスーツになってしまうかもと思っていたんですよ。生地の若干シャイニーな質感とバランスを考慮して、シャドーストライプではなくてコントラストのあるものを選んだので、やり過ぎたかなと心配していたのですが、結果的にちょうどいいバランスで収まったなと思います」

ーーいい意味で予想外だったということですね。

「そうですね。オーダーを担当してくださったSHIPSの内藤さんが、私のイメージを聞いて上手に誘導してくださったんだな、と思います。そういうお店とは、またお付き合いしたくなりますよね。提案力があるんだけど、押し付けがましくないというのが理想です。しっかりと誘導してくださっているのに、自分自身で選んだかのように感じられる。そういうスタンスで接していただけると、誰しもが、また来たいと思うはずです」

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ついに完成した、山本氏のリクエストを反映したスーツ。英国調をイメージしているが、ガチガチのクラシックなものにならないように、生地感やシルエット、ストライプ柄などで程よくトレンド感を取り入れている。クレリックシャ ツにベーシックな無地のウールタイなら、アンダーステイトメントな印象でハレの舞台でも活用が可能。バーガンディやパープルといったトレンド色のタイを合わせるとぐっと華やかさが増し、ストライプスーツが都会的な見え方になる。非常に守備範囲の広い一着に仕上がった。今回のオーダースーツは総額¥145,000(+tax)。

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パンツの裾は4.5cm幅のダブル。レングスはドレスシューズを履いたときに、1ブレイクとジャストブレイクの間ぐらいになるように仕上げている。

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現代的なナチュラルショルダーをチョイス。ちなみにジャケットは、ベーシックなプロポーションの2つボタンをベースにしている。ポケットのフラップはあり、サイドベンツ、総裏仕様というディテールだ。英国調でも構築的になり過ぎないというのがポイント。

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袖口は重ねの4つボタン。本切羽仕様。

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パンツは、ワタリに少し余裕を持たせた2プリーツ。

「スーツとは、微差で時代の気分を
反映するものなんです」

ーー合わせるシャツやネクタイも選んで、納得されているようでしたが?

「そうですね。完成したスーツは、しっかりとストライプ柄を感じさせながらも、タイを変えるとアンダーステートメントな印象になるというのが驚きでした。そして、バーガンディやパープルといったトレンドカラーのタイを合わせると華やかにも見える。Vゾーンの色の合わせ方で、ストライプの映え方や見え方が変わってくるというのは、タイやシャツを選んでみてわかりました。自分が想像していたものより着こなしが広がりましたし、着ていくシーンのイメージも膨らみました。思った以上の出来栄えだと思います」

ーー定番のネイビーでも、オーダーしてみてこれだけ予想外の発見があるというのは、改めてスーツの奥深さを感じますね。

「よく申し上げることなんですが、スーツで重要なのは微差なんですね。全体のシルエット、素材の質感、パンツのプリーツの数、ワタリ幅やテーパードの具合といったちょっとした違いで印象が大きく変わってくるんですよ。例えば同じネイビーのスーツでも、10年前のものを着ると確実に古臭く見えるのは、そういうことなんです。シルエットやディテールの様々な微差は、時代の気分を反映しているんですよ。スーツは男がずっと着ていく仕事の道具なので、トレンドに大きく左右される必要はないんですが、微差の部分に少しだけ時代性を反映させるという意識は必要だと思います。そのさじ加減が難しいんです」

ーーなるほど。スーツ作りとは、その微差のロマンなんですね。

「まさにそういうことですね。全体をイメージするところから始まって、ディテールを細かく決めていくわけですが、それをどういうバランスでどこまでやるか。こちらの要望を、ショップ側がどれだけ感じ取って解釈してくれるかも重要なポイントですし、最終的には、自分のセンスと担当してくださる方のセンスが合うか合わないかということにもなってきます。今回のスーツで言えば、少しパンツを太めにしましたが、オーダーを担当した方が、ワタリと裾幅のバランスをいい具合に調整してくれているのがわかります。そういうところが、またオーダーしたいという決め手になるんですね」

ーーそういうことを知れば知るほど、オーダースーツというのは男心をくすぐりますね。

「そうですね。スーツをオーダーすることは、非常に気分が上がることなんです。じつは、私が初めてスーツをオーダーしたのは5歳のときなんですよ。父親の行きつけテーラーがあって、そこで七五三のグレーのスーツを作ったんです。小学校に上がる前ですから、もちろん半ズボン。上は三つボタンのジャケットで、丸い襟ぐりのクラシックなベストも作りました。その3ピースのスーツを着た時に、すごい誇らしい気持ちになったんです。私がAERA STYLE MAGAZINEを創刊した思いというのは、そのとき自分が感じたような、スーツを着ると晴れやかな気持ちになるというか、勇気がわくといったことを伝えたかったからなんです。そういった意味で、スーツはビジネスマンにとって道具ではありますが、消費財ではないんですよ。例えば、買ったばかりの新しいスーツに袖を通すことは、気持ちが上がることであって欲しい。そして、オーダースーツを作ると、そういった気持ちを存分に体感することができるということを、もっと多くの人に知って欲しいですね」

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山本晃弘 Teruhiro Yamamoto

AERA STYLE MAGAZINE編集長。MEN’S CLUB、GQ JAPANなどを経て、2008年より現職。最先端モードから服飾史に至るまで、ファッションに関するあらゆる見識を備えた“目利き”としても知られている。現在は、トークショーやイベントなどを通して、装いやファッションに関する素朴な疑問に答えるアドバイザーとしても活動。朝日新聞デジタルにて「男の服飾モノ語り」を連載中。

http://www.asahi.com/and_M/style/yamamoto_list.html
https://www.amazon.co.jp/dp/B01KV6NDMO