一期一会  選・桑原茂一  ゲスト:大久保裕子 一期一会  選・桑原茂一  ゲスト:大久保裕子

一期一会  選・桑原茂一
ゲスト:大久保裕子

桑原茂一さんがこれまでの人生で出会った素敵な女性をゲストに迎え、女性たちの自由な生き方を提案していく本連載。今回は、茂一さんがファンを公言するコンテンポラリー・ダンサーの大久保裕子さんをお迎えしました。世界的にも評価の高いKATHY(キャシー)での活動を中心に、表現者として感じている日本の未来予想図など、興味深いお話が満載です。

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KATHYを観ると、いろいろ刺激を受けて幸せになっちゃうんですよ(桑原)

桑原 まず読者のために説明すると、大久保さんはKATHY(キャシー)というダンスグループをやられていて。ちなみにいまも活動はされているんですよね?

大久保  そうですね、継続中ではあります。でも、いまは充電期間というか、新しく何かやるべきタイミングがきたら動き出す予定です。

桑原 僕は何かの写真で初めてKATHYを見てガツンときて。女性3人組なんですけど、ブロンドのヘアピースに、顔はストッキングで隠して、衣装はピンク、イエロー、ブルーのかわいらしいワンピース。しかもその存在が謎めいていて、何かに指令を受けて彼女たちは動かされているという。その衝撃から追っかけをするようになったんですけど、これまでの公演で一番強烈だったのが横浜のビエンナーレ。いつ始まるのかと思っていたら、007みたいにボートで登場してね、ついに来たと思ったらそのまま素通りしたりして(笑)

大久保  アハハハ、そうですね。

桑原 登場の仕方もかっこいいし、笑えるし、いろいろ刺激を受けて幸せになっちゃうんですよ。しかも、KATHYの選曲は完璧。それ以来、ファンになって。

大久保  それは嬉しい。

KSUBI & KIRIN
- BIG IN JAPAN -
COBRA SNAKE & KATHY TEASER

桑原 僕はライジングサン・ロック・フェスティバルで、BLACK HOLEというコメディテントを運営していたんですけど、そこにも出ていただいて。僕のなかでコメディっていうのは範囲が広いから。なかでも忘れられないライブがKATHYでした。やるほうは大変だったと思うんですけど、あんな感動はないですね。3人はそもそもどう出会って結成したんですか?

大久保  それぞれフリーランスでコンテンポラリーダンスをやっていた仲間です。しかも、みんなクラシックバレエのテクニックが基本としてあるメンバー。最初は山崎広太という振付家に集められたなかにいて、その後に彼がNYに行ってしまったので、グループにいた3人で始めたんです。でも、自分たちがやりたいことはダンスの世界だと伝わらない気がして。当時はよくわかっていなかったのですが、何となくアートの世界の人は先入観もなく純粋に作品を評価してくれそうなイメージがあったので、アートのコンペに出品したんです。そこでいくつか賞をいただいたところからスタートしました。

桑原 アートの世界からしても異質だったでしょうね。

大久保  そうですね。映像作品か展示というコンペだったんですけど。私たちは映像作品を流しながら、その場でパフォーマンスをするみたいな。

桑原 衣装はどこからインスパイアされているんですか?

大久保  これまでのダンスはいかに自分自身を見てもらうかの世界。でも、KATHYでは作品のメッセージを伝えたかったので、一枚フィルターをかけたかったというのがあるんです。ひとつには、蚊帳一枚こっち側みたいな日本的イメージがあって。あとは、舞踏における白塗りが腕を隠しているタイツであったり、顔のマスクには能の意識があったり。さらには子供のころから見ていた戦隊モノ、ピンクとブルーとイエローとか。

桑原 でも、普通は仮装になりがちなのに、KATHYはそうならないのが不思議で。ストッキングって本来はフェティッシュなものだし、セクシャルなもの。でも、顔にすることでブラックユーモアというか、裏側にある黒いものを感じるんです。そういう風に、複雑で深いところに何かがある感じがして。かわいらしくて無垢なものと、ドロッとしたセクシーなものがうまい具合いに混ざっているんですよ。笑っちゃいけないようで笑えるし、セクシーと言ってはいけないようでセクシーだし、カワイイのにそうとは言えない。イメージを浮かばせといて、そこを叩いてくる(笑)

大久保  すごい褒め言葉、ありがたいです。

桑原 『ボレロ』って作品では、お客さんにカツラを被せてどんどんKATHYにしてしまうでしょ? でも、普通は恥ずかしがるはずなのに、いつの間にかみんながKATHYになりたがってしまう。自分のなかにある隠しておきたいものが剥がされていく一種のトランス状態。普通、演じる人と観る人の間には越えられない境界線があるんだけど、ポップに見せながらそこを軽々と越えていくのがすごいなって。

大久保  私たちは身体のスタイルがいいわけでもないし、ただの日本のほわんとした女の子3人組。そんな私たちでしかできないことって何だろうって、そこからあのキャラクターが生まれたんですけど。

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動きの練習よりも、音を聴きこんで妄想する時間が一番長かった(大久保)

桑原 神出鬼没もKATHYのひとつですが、どこで公演するとか、どう演出していくとかはどう決めているんですか?

大久保  3人でくだらない話をしているなかで、直感的にこうしたら楽しいんじゃないかっていう。場所に関しては呼んでいただくことが多いです。そこから「こうしてみない?」って、音と一緒に提案することが多かったですね。

桑原 あ?、それだ!

大久保  稽古場で練習を始めるよりも、まずはテーブルの上で音楽を聴くのがスタート。動きの練習よりも、音を聴きこんで妄想する時間が一番長かったかもしれないです。

桑原 僕もいとうせいこうくんや宮沢章夫くんと、ドラマとパフォーマンスをくっつけた『ドラマンス』っていうのをピテカンでやっていて。誰かが面白いコントを書くこともあるけど、基本的にはみんなで集まっても沈黙しちゃうんですよ。そうなると言い出しっぺがまとめないといけないから僕が音楽をかけるんです。「この曲なんだよ」なんて言って、そこからインスパイアされて各々キラッと光るものが生まれてくる。

大久保  へぇ?、その感じは似てますね。

桑原 音楽は大久保さんが選ぶんですよね?

大久保  そういうことが多かったです。

桑原 曲はどう見つけるんですか、まさに降りてくる感じ?

大久保  そうかもですね(笑)。でも、イメージとはまったく逆の音だったりすることもあって。綺麗な曲を聴きながら残酷なシーンを考えるとか、音と映像をミスマッチさせるみたいな。

桑原 なるほど、映像が浮かぶっていうことで納得しました。いつか黒田節を使ったことがありましたよね。あの曲って子どもの頃から散々聴いてきましたけど、KATHYでかかるとすごくかっこよく聴こえる。そこなんですよね、選曲っていうのは。その後、海外でも評価されましたけど、何か思い出深いことはありますか?

大久保  映像作品だけを出展することも多かったので、実際にパフォーマンスしたのはのべ6カ国くらいですね。先ほどもお話に出たように、『ボレロ』ではお客さまをKATHYにさせて舞台にどんどん上げて踊らせていくんですけど。日本ではみんな従順に気持ち良くなって、私たちも驚くほど動かされていくんです。まさにトランス状態。でも、それをスイスでやったときはみんなバラバラで。日本人は動きを真似てくれるんですけど、スイスでは勝手に自分の踊りをする。あの格好でも個が出るってすごいなと思いました。

桑原 民族の違いってすごいですね。でも、KATHYの3人も本来はひとりひとり個が強いはずですよね。そんな3人でも、やっぱりひとつになろうとする日本人のDNAを持っている。

大久保  そうですね。設定自体もKATHYという指令者に動かされる3人のキャラクターなので。動かされること前提で、指令に従順にミッションを遂行していくストーリー。そこには自分たちが経験した学校生活や日常生活のことなどが含まれているんです。

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お正月になると、家でエビの舞をしていたんです(大久保)

桑原 KATHYをやってアートの当事者になったときに、今まで見ていたアート作品との関係や見え方に変化はありましたか?

大久保  ずっとダンス少女だったので、そんなにアート作品に触れてきたわけでもなく詳しくはないんですよ。それよりも、自分たちができることは何かを考えながら挑戦してきて。

桑原 でも、KATHYはどれひとつとってもアート作品ですよね。

大久保  アートに関する情報が入り過ぎていなかったので、逆に自由な表現がやれたのかもしれないですけど。

桑原 それは何かを始めようとしている人にとって、いいサジェスチョンですね。「勉強してたどり着けるところは、そんなにたいしたところじゃない」って言って欲しいくらい。もちろん、勉強も大事ですけど。

大久保  がんじがらめになると、やれなくなることが多いですよね。

桑原 日本でも小さい頃からバレエを習っている方は多いですよね。いまのお立場から見て、クラシックバレエやコンテンポラリーダンスの状況はよろしい状態ですか?

大久保  よろしくはないですよね。バレエに限らず表現の世界が行き詰まっていて、さらに言えば、日常生活や経済も行き詰まっている。そこに大きい地震や自然災害も重なって、個人的にも価値観が大きく変わっていきました。「このままではいけない」と、次に何をすべきかみんなが考えるタイミングにきている。

桑原 そうですね。

大久保  個人的には、自然と自分との関係を意識した作品を作っていければと思っているんです。ダンスに限っていうと、これまでは身体のラインというか輪郭を意識して動くことがベースにあって。でも、今後はそのラインを越えてどんどん漏れ出していく、そして漏れ出した後にどう外側とつながっていくのかが重要なのかなって。実は、バレエを始める前の幼少期に、私は家でエビの舞をしていたんです(笑)。姉の好物がエビで、お正月になると有頭エビが食卓に並ぶのを姉がすごく喜ぶんですね。その状況を感謝するような、自然の恵みに感謝するような儀式的な踊りを毎年やっていて。

桑原 それは野生の感覚ですよね。

大久保  そうですそうです。エビみたいにバサバサ踊ると家族も笑ってくれたりして。なんかその感じがいま必要なんじゃないかなって。

桑原 それはおもしろい。身体を動かす際の根源ですよね。一番最初に思わず身体を動かしてしまったことでしょ?

大久保  でも、ダンスってそういうことなんじゃない?って。

桑原 ピカソは子どもの頃から天才でものすごく緻密な絵を描いてたらしいんです。だけど、子どもが描くような絵が描きたくてずっと奮闘していたことを知って驚いたんですけど、そういう話ですよね。一見、真逆に向かっているように思えるけど。

大久保  まさにそうです。焼き物の達人も、ある域に達するときれいに作りすぎない。その境界で遊んでいるみたいなのを読んだことがあります。だから、いま一生懸命バレエをやっている子たちにもそういう体験をしてもらいたいなと思って、ワークショップをやったりしています。山伏の坂本大三郎さんに出ていただいて。

桑原 えっ、大三郎さんには『ディクショナリー』に出ていただいたことありますよ。

大久保  実はそれがきっかけなんです。茂一さんから届いた『ディクショナリー』を読んで、私のバレエ少女時代に出会っていたら何かが違っていたかもしれないと思ったんですよ。ああいう芸能の原点をレクチャーしたり、KATHYでデモンストレーションしたり、今後はそういう活動をしてみたいと思っているんです。

子どもの頃から水木しげるさんの『妖怪百物語』が大好き(大久保)

桑原 震災のあと、若いスタッフのなかには九州に逃げた子がいっぱいいて。彼らのほとんどが農場とか食べ物を作っているところに行ったんです。そのときに、いざとなると人間は生きる上での根源的なところに行くんだなって。いまのお話に通じるなと思いましたね。大三郎さんとはすでに何かやられたんですか?

大久保  7月に、北海道のモエレ沼公園にあるガラスのピラミッドで公演をしました。坂本大三郎さんの法螺貝で始まって、私と、元ザ・フォーサイス・カンパニーの島地保武くんとで山の精霊に変身して。音楽は蓮沼執 太くん。

モエレ沼公園ガラスのピラミッドでおこなわれた
ホーリー・マウンテンズ展オープニングイベント
ダンス公演「三つの世界」

桑原 へぇ?、面白そう。そういう発想の根底になるものというか、これまでに影響を受けた哲学書とか指導書などはありますか?

大久保  特にはないですね。でも、子どもの頃から水木しげるさんの『妖怪百物語』が大好きで。キャラクターを全部言えるくらい。

桑原 はぁ?、聞いてみるもんですね。あれはすごい思想書だと思いますよ。

大久保  北海道でやった精霊も、KATHYもまたどこか妖怪めいたもので。実はいろいろつながって、やっとここにたどり着いた気がしますね。

桑原 自分のなかでは自然なんですね。そうやってナチュラルでいられるには日常生活も大事だと思うのですが、大久保さんの日常はどんな感じなんですか? 寝る時間を大事にしているとか、食事にこだわりがあるとか。

大久保  楽しいことを大事にしているくらいですかね。日常の些細なことでも、常に楽しいことを探しています。

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いやいや、暗い未来のイメージが大前提(大久保)

桑原 今後この国はどうなって行くだろうなとか、何か予想されるイメージはありますか?

大久保  先ほど「畑を作ることに興味を持つ若者が増えている」という話がありましたけど。そうやって古い時代に戻りながら、テクノロジーと人間らしい生活とのバランスを取っていくのかなと思いますね。いまはとにかくバランスが悪いので。

桑原 では、未来に対してあまり悲観していないですか?

大久保  いやいや、暗い未来のイメージが大前提。ダメになっていくんだけど、みんながダメになっていくというよりは、少し戻そうとする人たちもいるのかなって。それがうまくいくかはわからないですけど。

桑原 歴史的に見ても、ピカソやダリなどの天才的アーティストが『ミノトール』などのアート本を作っている頃は、戦争に向かうちょっと前でもあって。この先に大きな不安が待っているときに、何か文化的な勃興が起こる可能性がありますよね。良い悪いではなく、そうせざるを得ない人間の本能のようなものがあるのかもしれないですね。

大久保  そうですね。

桑原 大久保さんの取り組みが暗い未来への予言にならないことを祈りますが、それにしても土着的な方向に向かっているのは面白いですね。

大久保  ダンスを通して、自然や見えないものとのつながりを、見つめなおすことができたらうれしいです。地鎮祭を仲間と一緒にやろうと思っています。

桑原 舞うことは、巫女の役割りでもありますしね。モスラを鎮めるためにピーナッツも踊りましたから(笑)。今後の活動もさらに面白そうなので、まだまだ僕は追っかけを続けたいと思います。

大久保  嬉しい、今後もよろしくお願いします。

桑原 今日はありがとうございました!

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私が今まで心揺さぶられてきた曲を選んでみました。背景にドラマを感じさせる曲が好きです。いろいろなシチュエーションで聞いて、曲の世界と目の前の現実とのギャップを楽しんだり、ミックスして異世界へワープしてみたりしてください。

no. 01
バレエ「白鳥の湖」は幼少期にダンサーになると決意した運命の1曲。
no. 02
映画「シャイニング」の恐ろしいエンディングでのロマンチックな歌声。
no. 03
バレエ「瀕死の白鳥」で使用されるサン・サーンスの名曲のテルミンヴァージョン。
no. 04
チベット密教の僧侶による深い響き。最終的には人間の声に揺さぶられます。
no. 05
ドリフターズの笑いの裏でこんなにかっこいい曲が流れていたなんて。
no. 06
幼少期、この曲にとてもドキドキさせられしました(笑)
no. 07
日本人でしか表現できない独特のJAZZワールド。
no. 08
ショパンをみずみずしい辻井さんの世界で。
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こなさんみんばんは、桑原 茂→です。
今夜のPirate Radio は私の崇拝するコンテンポラリー・ダンス(よく意味がわかっていません。笑 )女性三人組のKATHYの中心メンバー、大久保裕子さんをお迎えしてお送りしています。KATHYのことはこちらのURLをご覧いただくとして、
http://www.zzkathyzz.com/about/index.html

大久保さんと私との共通点は「想像力」を楽しむことが好きということ。つまり、私が初代、選曲家を名乗るのも、実は想像力を編むことをクリエイティブの一つのジャンルとして提案したいからなのです。音楽(楽曲)を選曲し構成することは、実は想像力を編むことです。楽曲を選曲することは、新たなドラマを生み出すことです。それを身を以て表現している姿を私は選曲家と称しているのです。DJとの共通点は多々ありますが、私は別の表現だと考えています。解説が長くなりました。では、私の選曲をお聞きいただくことにしましょう。毎週金曜日夜11時ジャストに出航する海賊船ことPirate Radioが私の表現の場です。その選曲コレクションの中から、大久保裕子さん率いるKATHYに捧げる NONSTOPMIX 選曲はこれです。決して一人では聞かないでください。との噂もありますが、お一人で、ごゆっくりお楽しみください。

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「 Touch of Evil 」 by Moichi Kuwahara

YOUTUBEでのオススメはこちらです。

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Born To Darkness Part I & II
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Ornette Coleman
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大久保裕子 | Yuko Okubo

牧阿佐美バレエ団退団後、山崎広太、北村明子他の作品に参加、The Julidans festivalなどコンテンポラリーダンスの海外ツアーなど多数出演。パフォーマンスグループKATHYのメンバーとして演出・企画を中心的におこなう。LISTE(Art BASEL)にスペシャルゲストとして選出。ファッションショーの演出や、量子力学的妄想ダンスの理論書「KATHY's New Dimension」を出版するなど活動の幅を拡げる。近年は「あたらしい芸能」の創作に取り組んでいる。古来から続く芸能とマツリの歴史を現代へとひらいていく新作ダンス公演「三つの世界」を、山伏の坂本大三郎、元フォーサイスカンパニーのダンサー島地保武、音楽家・蓮沼執太とともに巡回公演を計画中。