一期一会/選・桑原茂一
今回の一期一会は、渋谷区富ヶ谷にあるカフェバー「FUGLEN(フグレン)」のバーテンダー佐藤祐未さん。ここはノルウェーのオスロにある人気店の海外第1号店。フグレンはコーヒーが美味しいことで世界的に知られ、また夜には絶品のオリジナルカクテルが飲めるカフェバー。店内にはノルウェーの陶器や家具などが並び、素敵な音楽がかかる快適な空間になっている。そして何より、佐藤さんが作るカクテルはこれまでに経験したことのないような美味しさなんです!
桑原 僕はこれまでBARに行ってお酒を飲む習慣はなかったんだけど、ここのオリジナルカクテルを味わってから通うようになって。いわゆるホテルのかしこまったBARではなく、カジュアルで開かれた雰囲気のお店ですよね。そもそも、ここでバーテンダーになるきっかけを教えてもらえますか?
佐藤 以前、歴史的な建物で営業している谷中のカヤバ珈琲でバリスタをしていたんです。特にコーヒーに興味があったわけではなかったんですが、習っているうちに楽しくなって夢中になったんですよね。
桑原 へぇ、それでコーヒーからカクテルに向かうきっかけは何だったんですか?
佐藤 私の地元が仙台なので、震災で一度戻っていたんですね。その後、そろそろ地元で就職でもしようかと思っていたときに、フグレンでバーテンダーをしないかというお誘いを頂いて。それからオープニングまでの約1ヶ月は、フグレンのヘッドバーテンダーであるオーナーと付きっきりでトレーニングしました。
桑原 未経験者を採用したフグレンもすごいですね。
佐藤 未経験者のほうが自分たちのルールを染み込ませやすいという考えみたいですよ。
桑原 まぁ、日本のBARは伝統的なルールがいろいろありそうだよね。でも、ノルウェーの人たちは何年やっているかなんて関係ないんだろうね。
佐藤 私もお酒が好きで、勉強を兼ねてBARに行くんですけど、やはり長くやられている方はテクニックもサービスもお酒の知識もすごいんですよ。私はノルウェースタイルしかわからないので、そこは謙虚にやっていこうと思っています。
桑原 その考えが素敵なんですよ。まずバーテンダーという門が最初に開いていて、楽しそうだからやってみて、そのなかで何十年とやっている人をリスペクトするっていうのがね。日本の場合、最初の門が狭くてその前に勉強してこい! っていうのが良いこととされてきた気がするんです。でも、それって鎖国に近い考え方だと思うんだよね。バーテンダーになるためにコツコツ頑張って、最終的にイヤな思いをするより、開かれた状態で最終的にカクテルをリスペクトするほうが健全だと思う。このお店は雰囲気もカジュアルだし、堅苦しくないのが本当にいいんですよ。
オリジナルカクテル「ジンジャーダイキリ」
桑原 この連載では、女性が社会の有りようを変えていくのでは? というのがポイントになっているんですね。おもしろそうだからやってみて、それでこれだけのカクテルを作れるようになるっていうのは希望だと思う。不安ばかりでやりたいことがやれない人が、私もやってみようかな? と思えるきっかになるんじゃないかな。昔、僕がN.Y.に行って衝撃だったのは、30年間オペラを歌っていた人がポップス歌手に転向しようというとき、みんながその変化を歓迎したことなんです。日本では30年も頑張ったのにもったいないという意見になるじゃない? でも、海外は変わろうとする人を歓迎する社会なんだよね。僕はこれからは女性の時代だと思っていて、男社会を続けるナンセンスさみたいなものを感じているんだけど。
佐藤 あまり男性とか女性とかは考えていないですね。でも、女性のバーテンダーだと落ち着くと言ってくださる女性は多いですし、そう言われると嬉しいですね。
クラシックカクテル「ウィスキーサワー」。4杯同時注文が入ると、佐藤さんはシェイカーを両手に持って作る。
桑原 確かに、このお店は女性ひとりでもみんなナチュラルに過ごしているよね。いわゆるBARで女の人がひとりで飲んでいると、あの人何かあったのかな? って思っちゃう(笑)。佐藤さんはこれまで、カクテルを作って良かったのと思う瞬間はありましたか?
佐藤 最初は不安が多かったんですけど、お客さんに「こんなの初めて」「美味しい!」「これは何が入っているの?」と、いろいろ質問されたときにステップアップした気持ちになりましたね。あと、本国のオーナーが2?3回目の来日のときに私のカクテルを飲んで、「お前、いいバーテンダーになったな」と言ってくれたときは嬉しかったですね。
桑原 佐藤さんは英語もペラペラだし、カクテルひとつで世界中どこでも行けそうだね。ところで英語はどこでマスターしたの?
佐藤 16歳でアイルランドのダブリンに半年だけ留学したことがあるんですけど。でも、この仕事についてから鍛えられた感じですね。
桑原 英語も話せて常に堂々としているから、経歴1年には見えないですよ。
佐藤 仕事中におどおどしないことは、とても大事なんです。最初から最後までなりきる、演じきるっていうことは自然と身に付いたんですよね。学生時代、バレーボールで全国大会に出場したりテレビ中継もよくあったので、そういう舞台度胸みたいのが身に付いたのかもしれないですね(笑)
桑原 スポーツの経験が、舞台度胸につながったなんて話は始めてだよ。でも、すごくいい話だね。いま女性として仕事をしていて、何か大変だと感じることはありますか?
佐藤 はっきり言ってないですね。細かい部分ではあるかもしれないですけど、企業で働くことに比べたらないですね。私は女だろうが言うタイプですし、首が飛んでも死なないタイプなんで(笑)
桑原 それはすごい(笑)。つまり、性別を区別していないってことだよね。
佐藤 そうですね。あと、留学の経験も大きいかもしれないです。昔は心配性な性格だったんですけど、海外では自分の意見をいわないと負けてしまうので必死に英語を覚えてコミュニケーションを取りました。以来、性格がパーンとなったんですよ。
桑原 やっぱり外を見ることは大事だね。今、仕事は楽しいですか?
佐藤 毎日楽しいですね。ルーティンワークになりがちですけど、毎日お客さんが違いますし、同じお客さんでもオーダーするものが変わりますから。
桑原 バーテンダーは相手が何を飲みたがっているか察知することも大事だよね。それは思いをくみ取る訓練というか。
佐藤 そういうものはマニュアルがないので、回数をこなすしかないですね。
桑原 あと、会話も大事だよね。話せるバーテンダーさんがいるとまた来ようと思うから。そうそう、今度ディクショナリー倶楽部を千駄ヶ谷に移そうと思っているんですよ。そこで是非、カクテルのワークショップをやって欲しいな。
佐藤 すごくやりたいです! 是非、誘ってください。
桑原 今日は忙しいなかありがとうございました。また、飲みに来ますね。
FUGLEN TOKYO
住所 : 東京都渋谷区富ヶ谷1-16-11
TEL : 03-3481-0884
営業時間:
カフェ/8:00〜19:00(月〜金)、10:00〜19:00(土・日)
バー/19:00〜25:00(水・日)、19:00〜26:00(木)、19:00〜27:00(金・土)
佐藤祐未
1988年生まれ。大学卒業後、谷中のカヤバ珈琲でバリスタとして活躍。震災後、地元の仙台に戻っていたが、フグレンのオープンを機に東京へ。現在、バーテンダーとして忙しい毎日を送っている。