一期一会/選・桑原茂一
SHIPSMAG創刊1周年の記念すべきゲストは、映画の配給・宣伝会社であるmiracle VOiCE(ミラクルヴォイス)代表の伊藤敦子さん。6/30(土)より公開されるショーン・ペン主演映画『きっと ここが帰る場所』を宣伝中。この作品をとても気に入った桑原さんのオファーにより実現した企画でしたが、始まってみれば伊藤さんの不思議な人生に桑原さんも驚くばかり。好きなことを貫いて会社まで興してしまった伊藤さんのお話しは、まさにワン&オンリーなのです。
伊藤 昔の名刺を見直していたら『ボーリング・フォー・コロンバイン』(2002年公開)のマスコミ試写会のときに一度ご挨拶させて頂いているんです。
桑原 あっ、そうでしたか。でも、『きっと ここが帰る場所』はとにかくショーン・ペンがすごく良くて。映画ならではのおもしろい体験ができるいい作品ですね。伊藤さんはやはり昔から映画がお好きだったんですか?
伊藤 特に自覚はないんですけど、昨年久しぶりに高校時代の友だちに会う機会があって。そこで「あの頃からすごく映画好きだったよね〜」とみんなに言われまして。あぁやっぱり好きだったんだなぁと改めて思いましたね(笑) 映画を頻繁に観るようになったのは、高校生からなんです。地元で「労映」っていう会員制の組合みたいなのがあって、母親の勧めで入っていたんですよ。月600円くらいで毎月決められた新作を2本観られるんですけど。でも、月2回って意外に多いじゃないですか。だから、友だちも毎回は来てくれないのでひとりで観に行くことが多かったですね。その「労映」で上映する映画を決めているおじさんも面白くて。部屋にはキネマ旬報のバックナンバーが揃っていて、ポスターとかスチールキャビネとかも大量にあるような感じで。学校の昼休みとかによく遊びに行っていました。
桑原 「労映」って名前からしていい感じですね。しかも、そのおじさんの事務所まで遊びに行ってたんですね。
伊藤 昔から、おもしろいと思った人のところに通う癖があるんです(笑)。大学で東京に来てからは、名画座とかの特集上映によく行っていました。そのときは、名作映画と呼ばれているものを早く観終わりたいっていう気持ちが強くて、3本立てとかを並んで観ていましたね。加藤泰監督特集上映に行くと、中原昌也くん(ミュージシャン、小説家など)とか、阿部和重くん(小説家)とかが並んでいたりして。同世代なんです。
桑原 すごいメンツ、それはかなり特殊な状況だね(笑)。でも、僕も18〜20歳くらいのときに音楽を死ぬほど聴いていましたよ。知らないアーティストとか曲があるのがイヤでね。でも、それって自分が何者でもなくて、空っぽで、そんな自分が不安で不安で仕方がなかった気がするんです。それを埋めようとしていたように今では思いますね。その後、伊藤さんは当然のように映画会社に入るわけですか?
伊藤 いや、映画会社には、入れるとも思っていなかったですね。最初に就職したのはディスプレイの会社でした。武蔵野美術大学出身の人が多くて、リリー・フランキーさんの親友がいたりして。そこで働いているとき、アウトドアにあこがれがあったので「椎名誠と林間学校」というツアーに参加したんです。カヌーをやってみたくて。でも、各100人で10種類くらいのいろんなアウトドアのクラスがあったんですけど、初年度は希望のクラスに入れなくて。唯一入れたのがワイン塾だったんです。全然アウトドアじゃない! と思いながら参加したら、その先生がマガジンハウスの編集者の方で映画を仕事にしている初めての人でした。「キミは映画が好きだね」という感じで交流が始まりまして。面倒見のいい方で、編集部に遊びに行ったり、イベントのお手伝いをしたり、映画会社に募集があると教えてくれたりしていました。
桑原 人のつながりがおもしろいですね。あと、映画会社の宣伝部ってすごい狭き門だったんですね。
伊藤 そうですね。その後、映画の配給会社に受かったんですけど、実は5か月くらいで辞めてしまって。そこから辞め癖がついてしまったんです(笑)。月曜日の朝5時になるとお腹壊しちゃったりとか、どの会社も理由は違うんですがチームプレイが合わなくて。20代の半ばは、映画会社の宣伝部を転々としていました。
桑原 すると、20代で何か思い出に残る作品を手がけたとか、こんな宣伝をしたっていうのはなかったんですか。
伊藤 20代の頃はリリー・フランキーさんや、江戸木純(映画評論家)さん、杉作J太郎さんが大好きで。そこばかり一所懸命売り込み電話をしている日々でした。リリーさんには「新作を紹介する連載は持っていないから、キミに会うことは一生ない」とまで言われていました(笑)。でも、網走番外地で有名な石井輝男監督の新作を担当したのがきっかけでお会いするようになりました。工藤栄一監督の時は、杉作さんの好きな監督だから司会が頼める! とか、中条きよしさんが主演だから、リリーさんのお母さんが好きだからチケットを渡せる! とか、そういうことが楽しかったですね。メインストリームではないですけど、楽しくて仕方がなかったですね。
桑原 おもいっきりサブカルチャーだ(笑)。でも、ここまでの話は若い人もみんな共感しそうな話だなぁ。会社を転々とするっていうのはどんな感じなんですか?
伊藤 会社を辞めるときは、毎回「また辞めなくてはいけない…」っていう悲しい思いがあるんです。本当は長くキチンと働きたいと思っていましたから。最後の会社がほぼひとり宣伝部で。映画の宣伝はチームでないと無理だと思っていたんですけど、そこで何とか1人でやれたんですよね。1人でもやり切れるんだと気づいて。その経験がフリーになるキッカケでした。でもまた辞めようと思っているときに、リトルモアの方が「机なら貸してあげるよ」と言ってくださって。
桑原 その流れは人徳ですね。フリーでは最初どんな仕事をしていたんですか?
伊藤 リトルモアに間借りさせてもらった時に、ラフォーレミュージアムでやる横尾忠則さんの展覧会のプレスのお手伝いのお仕事を頂いて。横尾さんのところにインタビューのたびにお邪魔していたので、ある日「ところできみは何をしている子なの?」と聞かれまして。宣伝を担当しています。フリーランスで屋号もまだないんですとお話ししたら「じゃあ僕が名づけてあげる」と。変な声だから、それで会社名がミラクルヴォイスになったんです。
桑原 横尾さんに会社名付けてもらったの!? う〜ん、ここまでお話しを伺っても普通の話がほとんどないよね(笑)。この連載の主旨は、女性がどうやって自立して生きていきていくのかってことなんだけど。伊藤さんにとっては当たり前の感じだったのかな?
伊藤 いえいえ、会社を作るなんてまったく想定していなかったです。縁あって、江戸木さんが温めていた映画『ロッタちゃん はじめてのおつかい』(00)の配給と宣伝をやらせて頂く機会があって。そのときに大ヒットしたのと、会社にしていないと、取引きの関係で不都合が生じたんですよね。その流れで法人化しただけなんです。
桑原 でも、日本社会で女性が中心となって何かをやるのは大変なことだと思うんですよ。そういう中で女性が自分らしく生きていくためには何が必要だと思いますか?
伊藤 4年前に子どもができるまでは、20代の考えのまま、自分が徹夜すればどうにかなると思ってやってきたんですよね。でも、臨月くらいからさすがに無理だなと思って、ようやく考えが変わりました(笑)。男と女の比較で考えると、男の人はすごく仕事に対して真面目だし、責任感もあって、仕事をしっかり成立させるイメージですね。女の人は思うがまま直感的にやっている気がします。でも、昨年は地震があって、柄にもなくいろいろと考えたんですよ。さらに、映画業界はフィルムからデジタルに変わるという大きな時代の変化のタイミングもあって。ミニシアターは大規模な設備投資をしないと近い将来には新作が上映できなくなるなど、すごく揺れ動いた年だったんです。そういうイロイロが重なって、もう辞めようかと初めて思いましたね。結局、直感でおもしろそうなところ、風通しが良さそうなところと一緒にやっていけば大丈夫かな〜って今も続けていますけど(笑)
桑原 でも、自分に忠実に生きるって難しいよね?
伊藤 それは難しいと思います。
桑原 難しいけど、女性のほうが男よりのびのびやっているように見えるんですよ。社員を食べさせるために、イヤでも頑張るみたいなところがなさそうで。
伊藤 いやぁ〜、自分では大変だと思ってますよ(笑)
桑原 でも、興味がないことはやらないでしょ?
伊藤 結局はやらないです。
桑原 アハハハ、それが普通はできないんですよ! 何故そういうことができるのか、みんな知りたいと思うんです。
伊藤 う〜ん、『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』の2本シリーズがミニシアターで半年間のロングランヒットになったんですね。その後、『ボーリング・フォー・コロンバイン』も大々ヒットして。そうするとヒットの感覚が自然と身に着くんですよ。ブレイクする体験をした人って、楽しい流れに乗れる気がするんです。そこは重要ですね。もちろん、そのキッカケを与えてくれた人たちがいるわけですけど。
桑原 いろんなことをやっているんだけど、自分が夢中になれることしかやっていないのが伊藤さんのすごいところだよね。大抵、みんな戸惑うわけなんですよ。目の前にあるちょっと美味しいものや、ラクなものに行くし。より儲かるものが気になるし。でも、欲望がそっちに行かないのが素敵ですよ。
伊藤 実は、今宣伝している『きっと ここが帰る場所』と同じタイミングで、別のお話しをいくつか頂いていたんです。プロジェクトの規模で圧倒的にこの作品の方が小さいのですが、こっちを選んだんですよね。経営者としては間違っているんだろうけど。
桑原 なるほど、キーポイントはそこだ。例えば、川勝さんが亡くなって振り返ったときに「川勝ってこうだったよな」っていう一本筋が通っていたでしょ。伊藤さんはそういう人を近くで見ていたことが良かったのかもしれない。
伊藤 確かに、もし川勝さんに話したら「それはいい話だね」って言ってくれただろうなと思います(笑)。是非、見て欲しかった一本ですし。
桑原 横尾さんでありリリー・フランキーであり、伊藤さんが影響を受けた人はみんな独特な哲学というかスタイルがありますよね。そういう人が近くにいたことで、自然と大事な精神が身に着いたのかもしれない。でも、そこに触れられる人生に向かうか、気づかずに過ごすかは大きな違いですよね。アートスクールの講座を受けたり、本を読んでアタマで理解しようとしても難しくて、体験でしか染み込んでいかないのかもしれない。話を聞いていてそう感じました。
伊藤 宣伝マンって、結局は人のふんどしで仕事をしているんです。おもしろい作品であれば、相手の話に頷いているだけで済んでしまうようなところもあって。
桑原 そう言えることは大事なことだと思うんです。最近の若い人は、自分は何者でもないのに自分はすごいと思える人が多い。しかも、ある高見があることがわかっていながら、そこから下りてしまうんです。普通はそれをコンプレックスにしてどこかで埋め合わせをするんだけど、下りてラクになったうえに、自分にはすごいオリジナリティがあると信じ込んでいる。だから、何も寄せ付けなくなっている。
伊藤 ヘンな話ですけど、私は若い頃から恥ずかしいと思うことがわりと好きなんですよね。恥ずかしかった、でもやってよかった。そう思えるというか、それを悪いと思っていないのが今の若い人と違うのかな。恐がりがじゃないのかも知れないですね。
『きっと ここが帰る場所』
6/30(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマライズ他にてロードショー。
監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ
音楽:デイヴィッド・バーン/ウィル・オールダム
出演:ショーン・ペン/フランシス・クドーマンド/ジャド・ハーシュなど
http://www.kittokoko.com/
「観たことのない新しい体験でした。監督はスクリーンの大きさを計算して意識的につくっているから、是非映画館で観て欲しいですね。ヴィジュアルインパクトも強いし、あらゆる意味でコメディ。とにかく、ここでストーリーを話すより、ショーン・ペンとデイヴィッド・バーンという2つのキーワードを信じて行けば間違いなし! 本当におすすめです」
「泉川 特選吟醸」
「泉川 純米吟醸」
「今回はキーワードが“ONE & ONLY”だったので、僕のお気に入りの日本酒を選びました。会津にある廣木酒造の「泉川」は、僕がよく行く蕎麦屋さんですすめられて、初めて飲んだときショックを受けたんですよ。日本酒って、銘柄や種類によって自分にフィットするかどうか、はっきりわかるお酒なんですよね。原料がお米だから日本人には違いがすぐわかるのかもしれない。何より日本の風土に合っているし、日本人の勤勉さや独特の文化が詰まっているお酒です。最近、日本酒の魅力をもっとみんなに知って欲しいと思っているんですよね」