京都は、何度でも訪れたくなる街だ。碁盤の目のようにめぐらされた通りを歩いていると、「古くて新しい」不思議な感覚に包まれる。先だって訪れたときも、少しだけ時間があって、そぞろ歩いた。できたばかりのACEホテルのカフェで朝の珈琲を飲み、そこから路地を散策した後に、イノダコーヒーの珈琲とサンドイッチでランチ。
いくつも店舗を構える老舗の喫茶店イノダコーヒーだが、ここ三条店は雰囲気が格別にいい。奥にある丸形の大きなカウンターテーブルに、窓から自然光が差し込む。スツール椅子に腰を掛けると、キビキビと働く給仕が、メニューと一緒にスポーツ新聞を渡してくれる。何よりも、目の前で煎れられる珈琲の香りが居心地の良さを増している。
コトン。音を立ててカウンターに置かれたサンドイッチをひと切れつまみ、珈琲をひと口。座っているスツールの足元に目を落とす。その日、私が履いていたのはオールデンのプレーントゥだ。仕事のアポイントメントがいくつもあって移動の多い日には、オールデンを履く。取材や打ち合わせに相応しいキチンとした見栄えがあり、自分の足に合った木型のモデルを選べば、けっこう歩いても疲れない。J.M.ウェストンのゴルフというモデル名の靴は、同様の理由でジャーナリストシューズの通称を持つが、私にとっては、オールデンのプレーントゥが、その呼び名に相応しい。
京都と同じく、碁盤の目のような通りがめぐらされたニューヨーク。この街もまた、何度も訪れたくなる「古くて新しい」場所だ。行くたびに、マディソンアヴェニューにあるオールデンのショップに必ず立ち寄る。最初に買ったのは、もちろんローファーだった。医療用矯正靴をつくっていたことがあるというブランドの歴史は、それほど知られていない。ただ、試し履きをしたら履き心地のよさに納得して、また新しい一足を購入してしまうのだ。
ローファー ¥84,000(+tax) / Alden for SHIPS
今シーズン、SHIPSはオールデンに別注のシューズを発注した。このブランドの顔といってもいいローファー。いまのニーズに応えて、コードバンよりも柔らかいアルパインカーフが素材に使われている。アメリカは、アメリカに行かずとも手に入るということだ。古くから知られている良品をセレクトして、新しい視点で提案する。このSHIPSの姿勢は、上野のアメ横で「三浦商店」としてビジネスをスタートしたときから、私自身も通い詰めた渋谷の「ミウラ&サンズ」でも、そしていまも、ずっと変わっていない。
イノダコーヒーの香りのいい珈琲を、カップからもうひと口。読んでいたスポーツ新聞を畳んで、パサリとカウンターテーブルに置く。そして、朝に立ち寄ったACEホテルを思い起こしてみる。酸味の強いサードウェーブ系の珈琲、ロビーラウンジでMacを使って仕事をするクリエイター。いつかどこかで、見たことがある。そうだ。10年ほど前にニューヨークのACEホテルに滞在したときと、同じ味の珈琲、同じ風景。ニューヨークで体験した時間と雰囲気が、数年を経て、京都の時間と雰囲気に重なっていく。アメリカのよきものを日本に紹介する姿勢は、あらゆるジャンルで、こうして脈々と受け継がれている。
私が最初にアメリカを訪ねたのは、30年以上前のことだ。まだスターバックスもなくて、珈琲は薄くて、不味いものだった。それでも、滞在したホテルの近くのダイナーで、お替りして何杯も何杯も飲んだ。そのころのニューヨークには、碁盤の目を1ブロック行けば何軒もダイナーがあった。1980年代、混沌の時代、混沌のニューヨーク。ガツンと、頭を打たれたような衝撃を受けた。美しい。醜い。正しい。正しくない。そんな二択の価値観を超えていく、ほんとうの価値があることを、そのときに思い知らされたのだ。
古い、新しい。そんな決めつけは、そもそも意味がない。
珈琲を飲み干す。そして、また街を歩く。
PROFILE
山本晃弘(ヤマカン)
服飾ジャーナリスト。『メンズクラブ』『GQジャパン』」などを経て、2008年に編集長として『アエラスタイルマガジン』を創刊。現在は、エグゼクティブエディター 兼 WEB編集長を務めている。2019年にヤマモトカンパニーを設立し、編集、執筆、コンサルティングを行う。また、ビジネスマンや就活生に着こなしを指南する「服育」アドバイザーとしても活動中。執筆著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』がある。